2019年07月31日

土用の丑の日

7月22日、河浦の天空の碁会所で月例会があった。
8名の参加者で行われた。今回は、M氏は法事で不参加だった。
私もいつまで打てるかわからないので、精一杯頑張って打った。
そのせいだろうか、全勝で優勝することが出来た。3連覇である。
五段、六段、七段を倒しての全勝だったので、価値が大きかった。




7月27日は、全国的に「土用の丑の日」である。
この時期が一番貧乏なんだよな、我家は、チラシを見てみると、どこのチラシにも一尾2000円以上ばかりだ。
嫁に高いと思うなら、買わなくていいよ。と言って、諦めていた。
夕方、お膳に座ると、やっぱりなかった。
「貧乏を常とする身には、贅沢」と思って、刺身とポテトサラダをつまみに飲み始めた。
すると、醤油の甘がるい匂いが漂ってきた。
これはまさか?「そのまさかですよ」と言って、ウナギが二切れ出てきた。



うわー、嬉しかったなー。一尾を3人で食べることになった。
やっぱり土用はウナギでしょう。
名奉行、大岡越前にウナギにまつわる、名裁きがある。
ある男がウナギ屋の前で白ご飯を片手にウナギのかば焼きの匂いだけで、2,3杯食べる。
毎日繰り返すので、ウナギ屋の亭主が頭にきて、金を請求する。男は匂いだけでだから払わない。
とうとう亭主が奉行所に訴える。
両方の話を聞いたお奉行様は、亭主の言う通り、金六文を男に払うように言い渡す。
男はしぶしぶお奉行様に六文を渡す。
お奉行は、この金六文を袋に入れて、亭主の前で上下に振って音を聞かせた。
そしてこう言った。「この男は、匂いだけで、食べた。あなたも六文銭の音だけを受け取りなさい。」と。
流石は名奉行、感服した。

もう一つウナギにまつわる話を
戦後、昭和天皇が地方巡幸された時、とある旅館でウナギが出された。
大変気に入られ、そのことを、詠んだ川柳がある。
「うなぎとは、かくもうまいものかと、宮殿下」
それが全国に瞬く間に広がり、全国のウナギ店のメニューの横には、この句が掲げられていたとか。
身分を問わずウナギの旨さは万国共通らしい。  


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2019年07月24日

夏の風物詩

梅雨明けを気象庁が宣言した。さぁー夏本番だ!
とは言っても、鬱陶しい天気が続く。
病気のことばかり考えてもしょうがない。そんな中、今月の上旬、梅雨の晴れ間を見て、友人が工場の周りの草刈りをしてくださった。
毎年恒例になっている。本当にありがたいことだ。



感謝の気持ちを込めて、海彩館で一席設けさせてもらうことにした。
ハイヤ大橋の見えるいつもの席でささやかなる料理を堪能してもらった。





綺麗になった刈り跡に友情の柿の木が姿を現す。



この柿の木は、今年やっと実をつけることができた。5,6個なっている。嬉しかぁー。



毎年奈良から柿を送ってくれる友人がいる。この事をもう少し柿が色づいたら報告したいと思っている。
「桃栗三年柿八年という」何!「子作り三年ガキ八人」だと、バカヤロー。

又、各方面の方々より、いろいろ頂き物があった。
まずは一貫目もあるスイカを長島の従兄から頂いた。





スイカといったら、夏の風物詩。仕事の合間を見て、皆に出した。
「うまひ、うまひと言うて喰ふ」その姿を見ている時が、私は一番幸せである。
もう一つ、長男の同級生の親父さんが、自分の畑で取れた夏野菜をいっぱい持ってきてくださった。
「うわーこんなに沢山!」感謝、感激、神、あられ。



かぼちゃ、ピーマン、オクラ、キュウリにナス、ゴーヤにヘチマとはいかないが、皆、夏野菜の代名詞だろう。皆様のあたたかいご支援と友情で私たち家族は生かされている。本当にありがとうございました。

ところで、「五月みどりのヘチマの唄は知ってるか?」て、
「知らない。」「どんな唄だ、唄ってみろ」
「ヘチマなら来てよねー私寂しいのー♪」
………あーあー聴かなきゃよかった。  


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2019年07月18日

整形外科放浪記(完)

江戸時代の川柳に、だれが詠んだかわからない不詳の句がある。
「寝ては覚め、覚めては喰ふ、世の中に、死んでみるのもまた余興」
すごい人がいたものだ。私はまだそこまでの悟りは開いていない。

7月1日、済生会病院に行く。この日は嫁に運転してもらった。
済生会は5年ぶりである。2回の不整脈の手術をして、完治している。
またこの病院を訪れるとは、夢にも思っていなかった。
脳神経外科の前で名前を呼ばれるのを待った。




「貝川さん、中へお入りください」と呼ばれ中に入った。
先生が椅子にドーンと座っておられる。「アレーどっかで見たような人だなー」と記憶をたどる。「あっ、財津一郎を若くしたような先生だ」と心の中で思った。先生の説明が始まる。

「良性の脳腫です。」頭と脳の間に3.5㎝の水が溜まっているとのことだった。
「ワァー良かった。脳腫瘍じゃなくて」一瞬安堵した。
さらに続く、「これは手術しないと治りません」と。
「入院の日数は、どれくらいかかりますか?」「10日はかかります」
「今は盆前で仕事が忙しいので、盆が終わってからできませんか?」
「大丈夫です。急ぐ必要はありません。来年でもいいです。でも足元には気を付けて、躓いたり、こけたりして骨折しないように注意してください。」とのことだった。
盆過ぎにもう一度造影剤を入れて、MRIを撮ることが決まった。その後手術の日程が決まるだろう。
診察室を出ようとドアに手をやったら、後ろの方で、「ピアノ打ってちょうだーい♪」という声が聞こえたような気がする。

ちなみに風呂場の下血事件は、1週間の間に熊本を往復3回もして、座りっぱなしで元々痔病を持っていたのだが、酒を飲んだことで爆発したんだろう。
その後出血もしていないので、心配していた大腸ガンや直腸ガンではないだろうと思う。

歳も70歳くらいになると、体のあっちこっちに病魔がはびこる。
皆さんも体の異変を感じたときは、いち早く大きな病院で見てもらうことをお勧めします。
当店は今「私がもし死んだら」というシミュレーションのもとで、くんせいの作り方、調味のレシピ、帳簿、等々、2人の息子たちがやっと本気で取り組んでくれだした。
病気はつらいがこのことが一番うれしい。
つたない放浪記、4編でしたが、皆さんにはご心配をお掛け致しまして誠にすみませんでした。
また多くの人に小欄を見ていただき、ありがとうございました。

アイシャルリターン  整形外科放浪記 完  


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2019年07月14日

整形外科放浪記(後編)

「雨が降ります雨が降る~遊びに行きたし金は無し~♪」
雨が降るのは仕方がないが、洗濯物が乾かないのが、全国万人の共通の悩みだろう。

6月27日、再度機能病院に行く。



この日も長男に運転してもらった。
昼食を済ませ、神経科の前で待った。しばらくして呼ばれ、ベッドに腰かけさせられた。
先生一人と、技師二人で問診から始まった。
「いつごろからこの症状は始まりましたか?」「え、いつからだろう?」
今年に入ってからだったか、それとも去年の10月ごろだったか、記憶をたどるが曖昧である。
「そこが一番大事なんですから」と次々に質問がくる。まるで警察の取調室みたいでパニックになった。

「スミマセン旦那!実はみんな私がやりました。」と白状しそうになったが、堪えた。
「強情な奴め、だが次の拷問できっと口を割らせてやる」と言わんばかりにベッドに寝かされた。
「貝川さん大丈夫ですからね。怖がらなくてもいいですから」と言って、「まずは電気を通します。ピリピリしてきたら手を挙げてください」
次は頭から電波をあてまーす。「カチッ」と音がした瞬間、体が「ドーン」と宙に浮くんだねー
すごい衝撃波だった。最後でーす。と言って、ふくらはぎの所に針を左右1本ずつ刺して検査をした。すると隣の部屋でモニターを見ていた先生がすぐ入ってきて、「貝川さん、神経は大丈夫ですが、脳梗塞の疑いがある」と意外な容疑者の名前を口にされた。
「うわぁーえらい事になって来たなー」もう4時を回っていた。「牛深へ帰って出直すもねー」と思い、「先生!ここで脳のMRIを撮ってもらえますか?」と言ったらすぐMRI室にTELをくださった。空いていたのですぐ撮ってもらった。

神経科の前の椅子に座って待っていると、「中へ入ってください」と呼ばれ椅子に座った。
パソコンにMRIの頭の画像が出ていた。「貝川さん、真犯人が見つかりました。脳梗塞ではなくてよかったですね。とは言っても、右頭部に白い大きなものが映っていますがこれが何か…」
「脳腫瘍ですか?」
「うむー」と考え込む
「左足に命令を出すところに白いものがあり、圧迫してうまく命令が伝わっていないと思う」と言われた。
「じゃ、脳神経外科を紹介してください」日赤か市民病院…済生会病院はどうでしょう。
「おっそれでいこう。さっきから済生会が出てこないかなーとうずうずしていたんだ本当は。」じゃ紹介状を書きます。
そして済生会病院にすぐTELして担当の先生の予約もとって下さった。7月1日に決まった。
「ここの整形の先生には私から伝えておきます。」と言って紹介状とCDを渡された。
そこへ看護師Sさんが通りがかり、「良かったですね、原因がわかって、お気をつけて帰って下さい」と。
私も「お世話になりました。」と立ち上がり帰ろうとする耳元で「また来てね」とささやく、「来るかぁ!」

帰りの車の中で考え込む。「脳腫瘍かぁー、でも腫瘍にしては白い影が薄かったなぁー」とかすかな望みをつなぐ。
家につき、2,3杯ロックをあおる。気もまぎれたところで、シャワーをあび、下着を着始めたのだが、風呂場前の床に血が一滴落ちている。
「おーい、これは血ではないのか」と声を出すと、息子がすぐ来た。風呂場を開けてみる。腰かけと簀の子に血がついている。バスタオルも見た。バスタオルも血がいっぱいついている。「下血はやばい。これは大変なことになったぞ。」どちらを優先すべきか心配する息子を傍らで天を仰ぐ「嗚呼、68年の生涯だったかー」

・・・・・続後編へ
  


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2019年07月07日

整形外科放浪記(中編)

6月24日(月)この日は河浦の天空の碁会所の月例会になっていた。
入院したらもう碁も打たれないだろと思って出かけた。
1回戦にM氏と当たった。この頃メキメキと腕を上げてきている強敵だ。
99.9%負けていたのだが、なかなか殺してくれない。次の一手で投了しようかなと思っていたら、そっぽを向かれた。「ありゃー?」彼は「トントンの筋」を見逃していた。「ワァー」と悲鳴が上がる。M氏にとっては、鍋もそろそろ煮えてきた。うまい酒もコップに注いだ。肉もたっぷり入っている。さぁー食べようと箸を延ばした瞬間、左足の悪い男にテーブルごとひっくり返されたような心境だろう。この場を借りて深くお詫び申し上げます。
5月、6月と連覇できたのはひとえにM氏のおかげです。





6月25日、機能病院に行く日だ。この日は、長男に運転してもらった。予約なしなので、早めに出かけた。3人で昼食を済ませ、順番を待った。



ここの脊髄の先生は有名で、ほとんど予約で埋まっていた。
まもなくして呼ばれ、中に入った。「さぁ、今日こそ原因がわかるだろ」と椅子に座った。机の上のパソコンには、脊髄のMRIの画像が出ていた。
先生が説明を始められたが、私は耳が少し悪いので、聞き取りづらかった。「先生!私は耳が遠いので、マスクを取って話してもらえないですか?」と言ったら、快く外して説明してくださったのだが、画像を見る限り、それが原因で左足がマヒする要因が見つからないと言って、足がピリピリしないか、痛くはないか、しびれはないか、検診されたが、正常だった。
すると先生が、「いやー私は、2000人ほど手術してきたけれど、このような症状は初めてです。これは難しい」と言われた。
私は喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら、一抹の不安にかられた。
「これはひょっとしたら、他の所に原因があるかもしれない」と言われた。
「明後日27日(木)に神経科に良い先生が来られるので、その先生に診てもらったら」と勧められ、紹介状を書いてもらった。
ありゃー、これは面倒なことになってきたなー
予約票ができるまで、ロビーで待った。
すると看護師Sさんが来て、これからの予定の説明をしたのだが、さっき大先生に対して「マスクを外してしゃべってくれ」と言ったのを見ていたせいかどうかはわからないが、緊張していた。
「次の予約は、6月2日にされますか、4日されますか・」と
「アレー?6月2日は過ぎているのじゃないですか?」と切り返す。
「あっ、すみません。7月の間違いでした。」
そして、神経科の予約票を手渡されたのだが、日付を見てみると、「アレッ、これは5/27になっている?」と嫁がつっこむ。
「アッ、すみません、すみません、6/27の間違いです」と目を潤ませて謝る。
「バカヤロー、2発もボケかましやがって。」肩をバシッと叩く。
「俺はなー、今度こそはカタギの病人になろうと思って、腹をくくって来ているんだぞ。それを何だいボケかましやがって、決心が揺らぐじゃないか!」
すっかり病気のことは忘れ、帰路についた。  


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2019年07月03日

整形外科放浪記(前編)

6月の第3日曜日は全国的に「父の日」であるが、「母の日」よりも弱い。
我が家でもゆめマートの安くなった寿司で祝ってくれた。



長男と嫁から、それぞれシャツのプレゼントがあった。ラッキー。



酒飲みの小黒柱ではあるが、父と思っていてくれていたのが嬉しかった。

6月20日。今年に入ってから、左足に異変があるのに気づいてはいたが、歳のせいだろう、腰からきているのだろうとほったらかしにしていた。
ズボンがはけない、スリッパも履けないし、履いてもスリッパから足先がぬけない。左足に命令が伝わらない。これはいけないと思い、市民病院の整形外科に行った。
予約していなかったので、待合室で待ったが、10時に行って、1時半まで3時間半も待たされた。やっと呼ばれ、中に入ったが、先生と看護師から「すいませんねー長く待たせて」と詫びられた。
私が「大丈夫ですよ、私は結婚してから、とても我慢強くなりましたので」と皮肉った。先生がニヤリと顔を緩め、嫁を知っている看護師は笑いをこらえ、肩で笑っていた。(この男、病院でもギャグを飛ばす不謹慎な男である)

症状を伝え、腰のMRIを撮ってもらった。すると脊髄の5番目の骨が前にずれていた。「あーこれが神経を圧迫しているかもしれない」と言われ、「ここで出来ますか」
「いやここではできないでも早い方が良い、麻痺が始まっている」
「じゃ、紹介状を書いてください」
「もちろん!で、どこの病院に行きますか」
「じゃ、熊本機能病院で」
ということで、市民病院を後にした。

翌日嫁に運転してもらい、熊本へ向かった。
12時には着いたが、1時からの受付だったので「まずは腹ごしらえをするか」と食堂に向かった。





受付を済ませ、診察室の前に座ったのだが、ここでも待たされた。
やっと呼ばれ、中に入ると、私は足専門ですので、脊髄専門の医師は火曜と木曜になります。でも予約で埋まっていますが、間に入れてもらいますかと、「ぜひ」と予約を取ってもらった。
6月25日に決まった。「TELして行けばよかった」と後悔しても後の祭り、帰り有明海の見える手前の住吉の所で、電車が見えた。記念に一枚。



今日は嫁に悪いことをした。
  


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