2019年07月18日

整形外科放浪記(完)

江戸時代の川柳に、だれが詠んだかわからない不詳の句がある。
「寝ては覚め、覚めては喰ふ、世の中に、死んでみるのもまた余興」
すごい人がいたものだ。私はまだそこまでの悟りは開いていない。

7月1日、済生会病院に行く。この日は嫁に運転してもらった。
済生会は5年ぶりである。2回の不整脈の手術をして、完治している。
またこの病院を訪れるとは、夢にも思っていなかった。
脳神経外科の前で名前を呼ばれるのを待った。




「貝川さん、中へお入りください」と呼ばれ中に入った。
先生が椅子にドーンと座っておられる。「アレーどっかで見たような人だなー」と記憶をたどる。「あっ、財津一郎を若くしたような先生だ」と心の中で思った。先生の説明が始まる。

「良性の脳腫です。」頭と脳の間に3.5㎝の水が溜まっているとのことだった。
「ワァー良かった。脳腫瘍じゃなくて」一瞬安堵した。
さらに続く、「これは手術しないと治りません」と。
「入院の日数は、どれくらいかかりますか?」「10日はかかります」
「今は盆前で仕事が忙しいので、盆が終わってからできませんか?」
「大丈夫です。急ぐ必要はありません。来年でもいいです。でも足元には気を付けて、躓いたり、こけたりして骨折しないように注意してください。」とのことだった。
盆過ぎにもう一度造影剤を入れて、MRIを撮ることが決まった。その後手術の日程が決まるだろう。
診察室を出ようとドアに手をやったら、後ろの方で、「ピアノ打ってちょうだーい♪」という声が聞こえたような気がする。

ちなみに風呂場の下血事件は、1週間の間に熊本を往復3回もして、座りっぱなしで元々痔病を持っていたのだが、酒を飲んだことで爆発したんだろう。
その後出血もしていないので、心配していた大腸ガンや直腸ガンではないだろうと思う。

歳も70歳くらいになると、体のあっちこっちに病魔がはびこる。
皆さんも体の異変を感じたときは、いち早く大きな病院で見てもらうことをお勧めします。
当店は今「私がもし死んだら」というシミュレーションのもとで、くんせいの作り方、調味のレシピ、帳簿、等々、2人の息子たちがやっと本気で取り組んでくれだした。
病気はつらいがこのことが一番うれしい。
つたない放浪記、4編でしたが、皆さんにはご心配をお掛け致しまして誠にすみませんでした。
また多くの人に小欄を見ていただき、ありがとうございました。

アイシャルリターン  整形外科放浪記 完  


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2019年07月14日

整形外科放浪記(後編)

「雨が降ります雨が降る~遊びに行きたし金は無し~♪」
雨が降るのは仕方がないが、洗濯物が乾かないのが、全国万人の共通の悩みだろう。

6月27日、再度機能病院に行く。



この日も長男に運転してもらった。
昼食を済ませ、神経科の前で待った。しばらくして呼ばれ、ベッドに腰かけさせられた。
先生一人と、技師二人で問診から始まった。
「いつごろからこの症状は始まりましたか?」「え、いつからだろう?」
今年に入ってからだったか、それとも去年の10月ごろだったか、記憶をたどるが曖昧である。
「そこが一番大事なんですから」と次々に質問がくる。まるで警察の取調室みたいでパニックになった。

「スミマセン旦那!実はみんな私がやりました。」と白状しそうになったが、堪えた。
「強情な奴め、だが次の拷問できっと口を割らせてやる」と言わんばかりにベッドに寝かされた。
「貝川さん大丈夫ですからね。怖がらなくてもいいですから」と言って、「まずは電気を通します。ピリピリしてきたら手を挙げてください」
次は頭から電波をあてまーす。「カチッ」と音がした瞬間、体が「ドーン」と宙に浮くんだねー
すごい衝撃波だった。最後でーす。と言って、ふくらはぎの所に針を左右1本ずつ刺して検査をした。すると隣の部屋でモニターを見ていた先生がすぐ入ってきて、「貝川さん、神経は大丈夫ですが、脳梗塞の疑いがある」と意外な容疑者の名前を口にされた。
「うわぁーえらい事になって来たなー」もう4時を回っていた。「牛深へ帰って出直すもねー」と思い、「先生!ここで脳のMRIを撮ってもらえますか?」と言ったらすぐMRI室にTELをくださった。空いていたのですぐ撮ってもらった。

神経科の前の椅子に座って待っていると、「中へ入ってください」と呼ばれ椅子に座った。
パソコンにMRIの頭の画像が出ていた。「貝川さん、真犯人が見つかりました。脳梗塞ではなくてよかったですね。とは言っても、右頭部に白い大きなものが映っていますがこれが何か…」
「脳腫瘍ですか?」
「うむー」と考え込む
「左足に命令を出すところに白いものがあり、圧迫してうまく命令が伝わっていないと思う」と言われた。
「じゃ、脳神経外科を紹介してください」日赤か市民病院…済生会病院はどうでしょう。
「おっそれでいこう。さっきから済生会が出てこないかなーとうずうずしていたんだ本当は。」じゃ紹介状を書きます。
そして済生会病院にすぐTELして担当の先生の予約もとって下さった。7月1日に決まった。
「ここの整形の先生には私から伝えておきます。」と言って紹介状とCDを渡された。
そこへ看護師Sさんが通りがかり、「良かったですね、原因がわかって、お気をつけて帰って下さい」と。
私も「お世話になりました。」と立ち上がり帰ろうとする耳元で「また来てね」とささやく、「来るかぁ!」

帰りの車の中で考え込む。「脳腫瘍かぁー、でも腫瘍にしては白い影が薄かったなぁー」とかすかな望みをつなぐ。
家につき、2,3杯ロックをあおる。気もまぎれたところで、シャワーをあび、下着を着始めたのだが、風呂場前の床に血が一滴落ちている。
「おーい、これは血ではないのか」と声を出すと、息子がすぐ来た。風呂場を開けてみる。腰かけと簀の子に血がついている。バスタオルも見た。バスタオルも血がいっぱいついている。「下血はやばい。これは大変なことになったぞ。」どちらを優先すべきか心配する息子を傍らで天を仰ぐ「嗚呼、68年の生涯だったかー」

・・・・・続後編へ
  


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2019年07月07日

整形外科放浪記(中編)

6月24日(月)この日は河浦の天空の碁会所の月例会になっていた。
入院したらもう碁も打たれないだろと思って出かけた。
1回戦にM氏と当たった。この頃メキメキと腕を上げてきている強敵だ。
99.9%負けていたのだが、なかなか殺してくれない。次の一手で投了しようかなと思っていたら、そっぽを向かれた。「ありゃー?」彼は「トントンの筋」を見逃していた。「ワァー」と悲鳴が上がる。M氏にとっては、鍋もそろそろ煮えてきた。うまい酒もコップに注いだ。肉もたっぷり入っている。さぁー食べようと箸を延ばした瞬間、左足の悪い男にテーブルごとひっくり返されたような心境だろう。この場を借りて深くお詫び申し上げます。
5月、6月と連覇できたのはひとえにM氏のおかげです。





6月25日、機能病院に行く日だ。この日は、長男に運転してもらった。予約なしなので、早めに出かけた。3人で昼食を済ませ、順番を待った。



ここの脊髄の先生は有名で、ほとんど予約で埋まっていた。
まもなくして呼ばれ、中に入った。「さぁ、今日こそ原因がわかるだろ」と椅子に座った。机の上のパソコンには、脊髄のMRIの画像が出ていた。
先生が説明を始められたが、私は耳が少し悪いので、聞き取りづらかった。「先生!私は耳が遠いので、マスクを取って話してもらえないですか?」と言ったら、快く外して説明してくださったのだが、画像を見る限り、それが原因で左足がマヒする要因が見つからないと言って、足がピリピリしないか、痛くはないか、しびれはないか、検診されたが、正常だった。
すると先生が、「いやー私は、2000人ほど手術してきたけれど、このような症状は初めてです。これは難しい」と言われた。
私は喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら、一抹の不安にかられた。
「これはひょっとしたら、他の所に原因があるかもしれない」と言われた。
「明後日27日(木)に神経科に良い先生が来られるので、その先生に診てもらったら」と勧められ、紹介状を書いてもらった。
ありゃー、これは面倒なことになってきたなー
予約票ができるまで、ロビーで待った。
すると看護師Sさんが来て、これからの予定の説明をしたのだが、さっき大先生に対して「マスクを外してしゃべってくれ」と言ったのを見ていたせいかどうかはわからないが、緊張していた。
「次の予約は、6月2日にされますか、4日されますか・」と
「アレー?6月2日は過ぎているのじゃないですか?」と切り返す。
「あっ、すみません。7月の間違いでした。」
そして、神経科の予約票を手渡されたのだが、日付を見てみると、「アレッ、これは5/27になっている?」と嫁がつっこむ。
「アッ、すみません、すみません、6/27の間違いです」と目を潤ませて謝る。
「バカヤロー、2発もボケかましやがって。」肩をバシッと叩く。
「俺はなー、今度こそはカタギの病人になろうと思って、腹をくくって来ているんだぞ。それを何だいボケかましやがって、決心が揺らぐじゃないか!」
すっかり病気のことは忘れ、帰路についた。  


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2019年07月03日

整形外科放浪記(前編)

6月の第3日曜日は全国的に「父の日」であるが、「母の日」よりも弱い。
我が家でもゆめマートの安くなった寿司で祝ってくれた。



長男と嫁から、それぞれシャツのプレゼントがあった。ラッキー。



酒飲みの小黒柱ではあるが、父と思っていてくれていたのが嬉しかった。

6月20日。今年に入ってから、左足に異変があるのに気づいてはいたが、歳のせいだろう、腰からきているのだろうとほったらかしにしていた。
ズボンがはけない、スリッパも履けないし、履いてもスリッパから足先がぬけない。左足に命令が伝わらない。これはいけないと思い、市民病院の整形外科に行った。
予約していなかったので、待合室で待ったが、10時に行って、1時半まで3時間半も待たされた。やっと呼ばれ、中に入ったが、先生と看護師から「すいませんねー長く待たせて」と詫びられた。
私が「大丈夫ですよ、私は結婚してから、とても我慢強くなりましたので」と皮肉った。先生がニヤリと顔を緩め、嫁を知っている看護師は笑いをこらえ、肩で笑っていた。(この男、病院でもギャグを飛ばす不謹慎な男である)

症状を伝え、腰のMRIを撮ってもらった。すると脊髄の5番目の骨が前にずれていた。「あーこれが神経を圧迫しているかもしれない」と言われ、「ここで出来ますか」
「いやここではできないでも早い方が良い、麻痺が始まっている」
「じゃ、紹介状を書いてください」
「もちろん!で、どこの病院に行きますか」
「じゃ、熊本機能病院で」
ということで、市民病院を後にした。

翌日嫁に運転してもらい、熊本へ向かった。
12時には着いたが、1時からの受付だったので「まずは腹ごしらえをするか」と食堂に向かった。





受付を済ませ、診察室の前に座ったのだが、ここでも待たされた。
やっと呼ばれ、中に入ると、私は足専門ですので、脊髄専門の医師は火曜と木曜になります。でも予約で埋まっていますが、間に入れてもらいますかと、「ぜひ」と予約を取ってもらった。
6月25日に決まった。「TELして行けばよかった」と後悔しても後の祭り、帰り有明海の見える手前の住吉の所で、電車が見えた。記念に一枚。



今日は嫁に悪いことをした。
  


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2019年06月19日

間寛平と菜々海のぶらっ旅ロケ(牛深編)

6/14、前日の写真プリントを頼んでいたので、牛深カメラにもらいに行った。
すると店の前になぜか人だかりができていた。「アッ車が入れないや、じゃ後で来よう」と思い海彩館へ引き返すことにした。
所品の在庫調べに中へ入ったら、店員の方が「アヨ貝川さん、もちょっと早うけば良かったのに」と言われた。
「うん?何の事」と尋ねると、「間寛平さんが来て、皆でハイヤ節を踊ったとヨ」と言われた。
「じゃ、あの人だかりは寛平ちゃんだったのか」と思った。
間に合うかもしれない今なーらァ♪と唄の文句じゃないけれど、いつもの野次馬根性が頭をかすめる。
足はびっこ引いてるが、こうゆうことになると早いんだこの男は。

牛深カメラの前は、まだ人がいたので、岡田蒲鉾店の少し手前に駐車した。
車の中から様子を見ていたが、「確かに寛平ちゃんだ。」




スタッフやカメラマンも岡田蒲鉾店の方へ移動していった。
私も車から降りてロケ風景を見学することにした。「さぁーロケ風景をどうぞー」






外は小雨が降っていたが濡れるほどではなかった。
エンディングを撮るところになって、岡田さん家族が店の前に集められた。



するとADさんが、「どうぞどうぞ、皆さんも中に入って良いですよ」といって、私も中に入れてもらった。
するとディレクターさんらしき人が、「皆さん一緒に、熊本、いいの、いいの、牛深もよかぞーと言ってください」と説明があったが、「うん?牛深もよかぞーじゃなく何かないかなー」と首をひねった。
私が「牛深もよかばいはどうですか」と言ったら、「おっ、それでいきましょう!」と言って、カメラの前で5秒前のカウントを始めた。
みんな猫のポーズで、「熊本、いいの、いいの、牛深もよかばーい」

この放送は、7/2(火)午後7時、TKUで放送されるらしい。  


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2019年06月15日

酒場放浪記(ちゅうぼう隆編)

6/13は県庁販売に行った。嫁と息子で行ったのだが、息子は1週間前にぎっくり腰をやり、やや痛みが残っていた。
次男は、鹿児島の友達の所へ一泊泊まりで出かけた。
私は1日留守番だった。独りでいると、邪な妄想が駆り立てる。「今日はちゅうぼう隆に行こうかな。それともイタリアか」等々計画を立てながら、県庁組が帰って来るのを待った。

息子はまだ腰が痛いとのことで、二人でちゅうぼう隆に行くことになった。


座敷も空いているとのことだったが、2人だからカウンターを予約した。
のれんをくぐって行くと、奥の止まり木が2つ用意されていた。
座ろうとしてふと後ろの座敷を見ると、見覚えのある顔があった。「オオッ」と互いにびっくりする。
40数年前、バンドを組んでいた時のギターリストだった。
彼はエレキギター1本と歌唱力で全国制覇を成し遂げた男だ。今も現役で数々のステージに立っているという。
正に、牛深が生んだ矢沢だ!
これからも牛深のために是非活躍されることを切望して止まない。代表曲に「ロックハイヤ」がある。

さて、話を止まり木の方へ戻そう。
「まずは生で!」お通しに麻婆茄子が出てきた。これがうまかった。
刺身を1人前と、牛肉を二人前オーダーした。そしたら、次々と座敷のお客さんたちが入って来られた。厨房の中がにわかに慌ただしくなった。
中々我々の注文が来ない。催促しないのが、ご常連のマナーってものだろう。
さっきのお通しの麻婆茄子を二つ、これでしのぐ。まだ来ない。
島美人のロックに切り替える。まだ来ない。フーテンの寅の口上じゃないが、「やけのやんぱち、日焼けのなすび、色が黒くてかみつきたいが、私しゃ入れ歯で歯が立たない」と、3回目の麻婆茄子を注文したところへ、やっと出てきた。
ロックンローラーと会ったせいだろうか、3杯目のロックに入っていた。
やっと満面の笑顔を湛えることができた。






するとカウンターの方にボチボチとご常連が座りだした。
そろりそろり帰り時である。嫁はノンアルコールだったので、車を取りに行った。止まり木に座っていたせいだろうか。なぜか足が千鳥足になっていた。  


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2019年05月17日

とれたて市場10周年感謝祭

もう2週間も前のことになったが

4月27日、28日、とれたて市場で10周年感謝祭が行われ、我々ハイヤ産直隊も出店することになった。
1日目の土曜日は「天気晴朗なれど波高し」だった。



風が強くてとても寒かった。
9時過ぎたら、ステージで催しが始まった。
本渡中学校の吹奏楽部の演奏や、16歳女子高生のドラム演奏とかが行われた。





今の子供たちは、楽器に恵まれててうらやましい。
11時頃になると、恒例の豚汁の無料配布があり、さっそく二人分もらって来たのだが、お客さんが居て食べられなかった。しばらくして食べたが、冷めていた。



植木スイカの試食販売、黒毛和牛の試食には行列ができた。




午後からは上天草のよさこい連の演舞が行われたが、風が強くて大きな団旗を持っている女性の方が支えきれず、この後旗を収納した。



MCの河口さんも一緒に楽しそうに踊っていた。



演舞が終わると、とれたて市場開店から500万人目というラッキーな親子さんにJA組合長の川口さんから記念品贈呈が行われた。



そして本日のメインゲスくまモンの登場である。くまモンの人気はすごい。どこへ行っても人の山である。仕草を見ていると大人も子供もつい笑ってしまう。




最後の餅投げには、くまモンも参加して投げた。
帰り際くまモンに、嫁が当店の蒲鉾の詰め合わせを持たせた。手を合わせて喜んだ。
寒くて長い一日が終わった。2日目は嫁と息子で行ってもらった。
久々のイベントに参加したが、なんも役にも立たなかった。老兵は去り行くのみだ。  


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2019年05月12日

おくばせながら新年明けましておめでとうございます。

世の中は、10連休と言うのに当店は、4/27~5/8まで休みなしで仕事だった。
その疲れが残っている。5月病かもしれない。

先月の半ばに、昨年秋に北海道の友人親子さんが牛深を訪れた。
その娘さんから東京から北海道へ転勤することになったとのことで、お酒が届いた。
開けてみると純米吟醸酒とカラフルな酒が入っていた。
つまみにとチーズの粕漬け風のが2ヶ入っていた。流石気が利いてる。



もったいないから何かの記念日の時に飲もうと思いおあずけとなった。

そして4月30日、陛下が退位されることになり、平成が終わりを迎えた。「よし、この日に飲もう」と決断!
まずは、純米吟醸酒から頂くことにした。千葉産の酒らしい。家族で一杯ずつついで味を見てもらった。
まちきれず、私もおもむろに口に含んだ。「プワーうまい。やっぱり記念日にはこういう酒に限るねー」
家族も美味しいー、うまいねーとうなづく。



気を良くしたところで、テレビ桟敷に陣を取り、終わりゆく平成最後の陛下のお言葉をご拝聴しながら自分の平成時代を振り返ってみた。
私には激動の平成時代だった。
明治、大正、昭和と日本は戦争が続き、多くの人々が亡くなったが、この平成時代は戦争もなく平和であったのが一番良かった。
だが、戦争はなったが、この30年の間に、両親、親戚、友人、知人多くのかけがえのない人を無くしてしまった。しかたがないところだろう。

そして5月1日、新天皇が即位され、令和が始まった。



この日はもらった酒飲もう一本の方を飲むことにした。
この酒は日本酒だが、ワインに近い味だった。フルーティーといったところだろう。これもうまかった。



こうやってうまい刺身やうまい酒を飲んで幸せに暮らせて行けるのは、平和のなせるワザだろう。



江戸時代の狂歌作者、元木網(もとのもくあみ)に一首がある。
「汗水をながして習ふ剣術の役にも立たぬ御代ぞめでたき」
平和のおかげで、現在の繁栄を築いている。
御代ぞめでたき令和であってほしい  


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2019年04月17日

今ハマっている事

目に青葉、山ホトトギス、初ガツオ。
初夏の日差しになってきた。今年はさくらを楽しむ間もなく、あっという間に春が過ぎていった。



その中で、工場の椿の花が満開を迎えた。400は下らないという花の多さよ。所狭しと咲き誇った。



樹齢四十年、毎年春になるとこの目を楽しませてくれる。椿の聖霊に感謝申し上げる。

感謝申し上げることがもう一つ、4月4日にサプライズが起きた。
「おやじさん、はいこれ。あんたが欲しがっていたもの」と言ってわたされたものを見てみると、なんと電気カミソリだった。



さびしい誕生日の時、「元気を出せ」と一言言った次男がまさかのサプライズであった。うれしかったー。さっそく使わせてもらった。
石鹸も使わず、ただ顎に当てているだけでそれていくというすぐれ物。「え、それが電気カミソリって」知らなかった。まさに恐るべき(お、剃るべき)。
流石は我が息子、大事に大事に使わせてもらうよ!


話は変わるが、今ハマっていることがある。
普通刺身といえば、しょうゆで食べるものだが、これをオリーブオイルで食べている。
10数年前、大阪のとある料理店でオーダーしたカルパッチョが、うまくてうまくて、その味がとても忘れられずにいた。
ある日嫁が、野菜の上に刺身を乗せてオリーブオイルをかけて出した。マズイ!「オイ、塩胡椒を取ってくれ」と言って、かけたら食べられた。
アッこれだと思いついた。小皿にオリーブオイルを注ぐ。そこに生にんにくの刻みおろしを少々入れる。そして刺身には塩胡椒をあらかじめ振っておく。一口ほおばる。それを球磨焼酎繊月のお湯割りで流す。至福のひと時である。





白身(タイ、ヒラメ、サーモン)の魚は美味しいが、アジ、イワシなど青身の魚はうまくない。
欠点は、口元に持っていくまでにオリーブオイルが1,2滴落ちることだ。
横に台ふきかティッシュを置いとくことが大事である。

興味のある方は是非お試しあれ。  


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2019年04月07日

奴隷二人の記念日

「働けど働けど、我暮らし楽にならず」、石川啄木の歌にある。
彼は赤貧だったが、貧乏性とは違っていた。貧乏性とは、貧乏ではない。辞典で調べてみると、「ケチケチしてゆとりのない生活や、考え方をする性質」とある。
またしてもゴーン会長が逮捕された。数十億も持っている人が、結構式披露宴費用620万ほどをルノーにつけ回したという。
クルーザーや家族旅行費などなど、これほど貧乏性という言葉がぴったりの人はいないだろう。
赤貧まではいかないが、啄木の歌を愛唱している我が家の結婚記念日が、3月30日海彩館で行われた。一人は、消防団の歓送迎会でこれなかったので、3人で行った。日頃、食事、洗濯、売出しと頑張ってくれている嫁に感謝しつつ、日々の悪行を反省しつつ、ささやかな食事会を開いた。





2人の主人と2人の奴隷との関係が31年も続いている。そこに尺取役が1人現れた。夫婦げんかで口もきかないとき、彼を通して皇后陛下に奏上してもらうのだ。
この日は結構お客さんも多かった。何かさえない!消化試合のようにも見える。帰り際、嫁に似たくまモンが笑顔で見送る。



口下手な二人だが、くまモンの笑顔に救われた。  


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2019年03月31日

素晴らしき囲碁仲間と懇親会

♪「土堤の柳は風任せ!可愛いあの娘は口任せ!えっえぇーしょんがいなーええしょんがいなぁー」いよいよ春本番!
3月25日は、天空の碁会所の月例会になっていた。
牛深から3人乗り合わせていった。内の原を過ぎると、レンゲや山桜が咲いてる。田植え前の田んぼは水が張ってあり、向こうには黄色の菜の花畑も見える。景色に見とれて走っていたら、おぼえず、碁会所に着いてしまった。AM11時からの対局開始で熱戦が繰り広げられた。





そこへ久玉の正光寺のご住職が少し遅れて参加された。
あれよあれよという間に5戦全勝で優勝された。御歳80半ばで立派なものだ。今回は牛深方面の人たちが上位を占めた。そして河浦囲碁部会の初の試みとして、牛深地区の我々との懇親会が夕方6時から「居酒屋なべちゃん」で予定されていた。一度車を置きに牛深へ帰り、迎えに来ていただいた。一町田の中央をちょっと過ぎて、右へ曲がって降ろされた所は、大きな鳥居が立っていた。明るいうちはちょっとわかりにくいところである。ママさんらしき人が、前に出て出迎えてくださった。当日は休業日だったのを無理に開けてもらったそうである。申し訳ない。
中に入ると、桜の話で盛り上がっていた。「皆さん吉野桜の唄って知っていますか」と言って、万朶(ばんだ)の桜か襟の色、花は吉野に嵐咲く大和男子と生まれなば散兵戦の花と散れ♪とワンコーラス唄うと、へー知らなかった。貝川さん良か声しとらすですね。と丸山さんが持ち上げる。余興はこれぐらいにして、宮本会長のあいさつの後、ご住職の乾杯の音頭で始まり始まり。



天草の囲碁人記に囲碁談義、今日の碁会の反省の一手とか、話は碁の話で盛り上がり、大変楽しいひと時を過ごさせてもらった。
帰る時刻になったので嫁に迎えに来てもらったのだが、私の説明不足で「場所がわからん」とおかんむり、見かねた久保さんが私の携帯を持って外に出て道順を教えてくださった。迎えに来たかぼちゃの馬車のシートが針のむしろに変わっていたのは言うまでもない。  


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2019年03月24日

夫婦喧嘩と誕生日

3月は何かと物入りである。16日は義甥(息子たちの従兄)の結婚式に家族全員招待された。




若いカップルの門出を笑顔で祝ってやらなければならないのだが、仕事外の出費は痛い。
早く息子たちも結婚してくれたらいいのだが。

そんな中、大分の義弟が「獺祭」を土産に持ってきてくれた。「流石は義弟」いつも私のことを思って酒を買ってきてくれる。有難い。
「俺はね、あんたを最初見たときから、あーこの人は良い人だなーとずっと思っていたんだ本当は。」とお礼を言った。


そして19日は嫁の誕生日だった。寝ている嫁の枕元に立ち、「うらめしやー」じゃなく「誕生日おめでとう」と一言言って仕事に出かけた。
午前中で仕事も終わり、デスクワークをしていると、つい眠ってしまった。うたた寝というものはとても気持ちのいいものである。
ところがである。突然「ハックション、ハックション」と大きなくしゃみにびっくりして目が覚めた。
「うるさい!なんで俺が寝てるときに限ってくしゃみするんだ。それも1回じゃなし2回じゃなし、5回も6回も、いくらくしゃみが自由だって人ってものは少しは遠慮してくしゃみはするもんだ。」
「何のくしゃみが止められるな!好きでくしゃみしといとじゃなかぁ」と嫁も反撃してくる。
「お父さんは疲れているから起こしたらいかんという配慮はないのか」
「なかぁー、どがいなくしゃみぐらい」と言って出て行った。
「ありゃー怒らせてしまったのかなぁー」と事の重大さに気づく。しかも今日は誕生日だ!まずい!家に帰るきっかけを作らないと。
しかし謝るのもしゃくだし、仕方がないか、家に帰るのは早いし、真珠会社のアルバイトに行くことにした。
二時間ほどで5000円もらった。思わぬ副収入が入った。
さっそく嫁に電話する。今日夕飯はどがんすいと!どこか食べに行こうか、すると「寒気がするから、何か出前でも取ってくれ」だった。
「今日は誕生日だったな、なんでも言ってくれ、じゃんじゃんおごっちゃうから」
「じゃー京華園から」と言って配達してもらった。
酢豚にエビチリ、ぎょうざ、刺身、それに結婚式で大分の義弟からもらった「獺祭」を合わせる。
おー立派な誕生日になったじゃないか。俺の誕生日とは雲泥の差だ。



え?夫婦喧嘩はどうなったって?30年も修羅場をくぐってきた二人には、日常茶飯事である。
私はもともと温厚な人間であるが、このことは世をあざむく仮の姿であると認識してもらいたい。
就寝前「今日は冷や汗ものだったが無事乗り越えることができた」と安堵した瞬間、ハックション!シー
  


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2019年03月22日

益城復興市とキビルフェスタ

先般、悲しい誕生日をブログに載せましたが、翌日の2日3日は益城復興市(木山初市)と人吉のひな祭りに出店することになっていた。
朝が早いので、お祝いは控えたのが本音だった。

益城の木山初市も15年くらいは出店しています。皆さん顔なじみや、ご常連も次々に買いに来て下さった。




当店の追っかけ、中島夫妻も来てくださった。




70半ばくらいの大先輩が、わざわざ私たち二人のために弁当を二人分作って来て下さった。
大変ありがたく恐縮していた。また、ご常連や知人からの差し入れ、市だご、焼きそば、ピザ、タコ焼き、焼き芋など、歓待された。本当にうれしかった。
人吉ひな祭りには、息子たち二人が行った。


3月17日はキビルフェスタ海食祭が行われた。





ここも当店は、牛深、長島と二手に分かれて売った。ミツバチラジオの生放送もやっていた。
なんだいそれは、みなしごハッチなら知っているけど、ミツバチラジオはあまり知らない。
当日私の一番の目的は、鹿児島の住吉社中のお座敷芸を一度見て見たかった。

天気は良かったが、風が強く、しかも逆光だったので顔がはっきり見えない。座長の挨拶に「私たちの芸はお座敷芸なので風の強い時は袖が引っかかってあまりいい踊りができませんが」と前置きして、さー始まるかなと思ったがなかなか始まらない。




その時ちょうどラジオの生放送をやっていたので、スピーカーから、しゃべり声、笑い声が大きく流れていた。
すると座長が、「生放送には勝てません」と言って三味線が鳴り出した。やっと開演になった。





可愛い女の子が3人踊る姿は、昭和30年代を彷彿させる。踊りに見入っていると、薄い煙が舞台にたなびく。横を見ると、農協の青年部が踊りなんかどこ吹く風と言わんばかりに、スペアリブをガンガン焼いている。せっかくの艶な踊りが艶消しである。



しかしながら、久々本物の芸者の「粋」を見た。
  


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2019年03月14日

悲しい誕生日

やっと税金の申告も終わり自由の身になった。
3月1日は、私の誕生日であった。いつもなら海彩館とか、イタリアンとか、ちゅうぼう隆で祝杯を挙げているのだが、今年は誰も言い出さない。
朝飯の時、嫁が「お父さん誕生日おめでとう」と一言。長男が「親父何歳になったとー」と一言。「アレッ、何か忘れてはいませんか?」てんだ。
次男は何も言わない。「ハハーン、こいつ何も言わないところをみると、俺に何かサプライズのプレゼントをしてくれるのではないかなぁー」と勝手に想像する。「これがお父さんの欲しがっていた電気髭剃りだよ。誕生祝いにプレゼントするよ!」と手渡されると、涙が出るだろううなぁー「ずっと前からお前はどこか見どころのあるやつだなと思っていたんだ本当は!」とワクワクしながら現実になればと期待も膨らむ。
「一日だけ幸せになりたいのなら、床屋へ行きなさい。」という格言がある。行きつけの床屋に髭を剃りに行った。誕生日の記念に自撮りもやってみた。冴えない。



夕食になった。酒も刺身もない。まるで病院食じゃないか。



こういう時は何も言わず、ぐっと我慢するのが男ってものよ!
すると食べ終わった息子がすっと立ち上がり「お父さん」と大きな声で切り出した。「来た来た来たーきっとサプライズがあるはずだ」と期待がよみがえる。
「これだけははっきり言っておく。誕生日おめでとう」と言うと紙切れ一枚手渡しして、自分の部屋に立ち去ったのである。
あぁーこれは日頃の感謝の気持ちか何かそういうたぐいのものを書いているに違いないな。きっとそうだと開けてみる。
そこには「親父元気を出せ!」と一言書かれていた。
わびしかぁー  


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2019年02月26日

木こりになった蒲鉾屋

1月中旬、長島の従兄から「松木を切って置いてあるから取りに来てくれ」という一報が入った。
さっそく精鋭部隊が現地におもむき軽トラック1台分積んできた。その時の報告によると、「唐隅灯台(長崎鼻灯台)の所に立ち枯れした松の木が5,6本あるが、いるか」とのことだった。日にちは未定だがフェリーのドック入りが終わってからということで返事をした。
2月24日(日曜日)に「決行」ということが決まった。志願者を募った。2名の若者が申し出た。
私も指揮者として現地に赴くことになった。

蔵之元行きフェリーに乗船、久々の船旅だ。戸島付近に差しかかると、窓の外がやけに騒々しい。外に出てみると、カモメの大群だった。一人の乗船客さんが、デッキ越しに片手を差し出すとつまでいたかっぱえびせんめがけて次々とくわえていくではないか。すげー、カモメウォッチングって初めて見た。






子供たちも大いにはしゃいだ。後でその人に聞いたら、いつもは来ない。2月から3月初めまで今の時期しか来ないそうである。

港に着くと従兄が待っていた。その足で現場に直行した。広陵としたジャガイモ畑を下っていくと、長崎鼻灯台が見えてきた。



何十年ぶりだろう。あの時の灯台も今は公園になっていて、観光スポットの一つになっている。
お清めの塩を根元にまき、作業開始だ!










足場がよかったので、2時間弱で終わった。
「残りの松はどうする」と従兄が言ったが、車が入らなくて、木が大きいことから私たち素人の手におえるものではないと判断し、今日の作業は終了した。帰る準備をしていると、「嫁がカレーを作って待ってるから、食べて行ったら」と言われた。
断る理由を一生懸命探したが、何も見つからなかった。

家に入ると、ひな壇が飾ってあった。



40年前に娘に買ってやったものだという。毎年この時期になるとお披露目になるそうだ。
一仕事終えた後のカレーは格別の味だった。



帰り際には、ジャガイモやダイコン、ほうれん草とコンテナに入りきれないほどの野菜をもらった。それに大好物の「島美人の黒」も頂いた。私は何という果報者だ。

そして今日はその松木を割る作業だった。





全国に蒲鉾屋はあまたあるが、くんせい蒲鉾を業としているところはない。しかも松木の煙で燻すくんせいは牛深伝統の特産品だ。今年の4月でこの道50年になりますが、いまだ晩成せず、小器を抱き悪戦苦闘している自分を見ると情けない。
だが、この伝統の味を後世に伝えていくことが、当店の使命だと思っています。皆様今後ともよろしくお願い申し上げます。  


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2019年02月14日

猫もおだてりゃ木に登る

♪春は名のみぞー風の寒さヨー♪
暦の上では、立春に入ったが、まだまだ寒い日が続く。
先月末、河浦の天空の碁会所で月例会があった。




半目負けで優勝を逃したが、河浦の碁打ちは皆さん温厚で礼儀正しい人ばかりである。
それに比べ牛深の人たちは、その温厚な人たちをバッサバッサと切り捨てて行く。血も涙もない冷酷無慈悲な人ばかりであった。
あっちこっちで悲鳴が上がる。そして、大爆笑だ。
週1~2日、ここに通うのが一番の楽しみである。その碁会所の前には、ひな壇が飾ってあった。



「あ、やがて桃の節句かー」春の代名詞だ。

そんな中工場の前の梅の花が咲いているか見に行ったら、猫が3匹日向ぼっこをしているではないか。




「お前たちは良いね。仕事もしないで、昼間から日向ぼっこかー。税金も払わず食わせてもらって、何か芸の一つでも見せてみろ!」と言うと、1匹が、向かい側の木に走り出した。それを見て2匹の猫も走り出した。あっという間に木の上まで登っていった。



「猫もおだてりゃ木に登る」か。
豚や猫に限らず、人間でもおだてられたらどこまでも調子に乗る男がここにもいる。



晩白柚を頭にのせて一体何の真似だい。「何ーローマ法王に見えるか」って、馬鹿野郎、閻魔大王みたいな顔しやがって、ヤッケのワキもほころびていい恥さらしじゃないか、だれだこいつは!あーいやだいやだ。

事情通の話 「よく見ろ!お前じゃないか」  


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2019年01月28日

「事故発生」

今日、10時半ごろ、けたたましいサイレンの音が工場の前を走っていった。
また火事か!と思っていた。その時私は、トイレに入っていた。全くしまらない話だが、外に出たら、工場の前の道路は、車が全く動かない。
「あっ!ひょっとしたら、ひょっとこじゃねかー」じゃなくて、本物の交通事故だった。直線道路に長蛇の列だ!
野次馬の血が騒ぐ。凄惨な事故現場だ。






後続の車が前の車がスピードを落としたのに気づかずそのまま追突したのじゃないかと思う。
追突した車の人は救急車で運ばれたようだ。
今日私は整形外科の予約を取っていた。
11時30分だったので、待合室に行ったのだが、追突された人も来ていた。



少し待っていると、その人の奥さん、そして警察官二人が来て、今後のことを話していた。事故を起こす立場、起こされる立場、自分がどんなに注意していても追突されたらどうしようもない。
皆さん交通事故には十分気を付けましょう  


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2019年01月28日

インフルエンザの猛威と天晴!大坂なおみ

今、インフルエンザが全国で猛威を振るっている。



正月過ぎに亡くなった身内の人も、インフルエンザだった。
その3日後、私の長男がインフルエンザと診断され、仕事を6日休んだ。
その3日後、私の嫁が、節々が痛い、寒気がすると言い出し、市民病院に行ったら、インフルエンザだった。
鬼のかくらんだ。工場には出入り禁止。村八分だ。

そこから私の不幸が始まった。
買い物、料理が出来ないので、あれを買ってきてくれ、あれを持ってきてくれと、頼み事が多く、普段買い物に行くことのない小欄は、ロッキーの広い店内を腰痛と左ひざに水が溜まった足を引きずりながら歩かされた。
こんな姿を人に見られたくないと思っているときに限って、”アラ、今日買い物ですか””今日は奥さんは”とか、顔見知りに聞かれる。
だいたい風邪なんて強い精神力と健全な体力を持っておれば、かからないものだ。

私のモットーは、「お国にささげた体。もしもの時、風邪でもひいていたら、天皇陛下に申し訳が立たない」と思っている。
「何!腰痛でひざに水が溜まっている人間が、お国の為どころか工場の仕事の役にも立たないだとー。」
厳しいお言葉、刺さりますなぁー


昨日やっと普通の夕食にありつくことができた。



すると、テレビで大坂なおみのテニスの決勝戦が始まっていた。
飲みながら、こたつの桟敷席で応援した。一進一退に一喜一憂し、勝った瞬間、涙がこぼれた。スゴイー、感動した!





今の日本では、若手の台頭がめざましい。卓球の伊藤、張本、バドミントンの桃田、将棋の藤井聡太、囲碁仲邑菫はまだ9歳というじゃないか。
アメフトや、レスリング、ボクシング、体操、アベノミクスや、厚生労働省と、不祥事の続く中に、天才が続々輩出されている。
まだまだこの国も捨てたものではない。
どうか皆さんもインフルエンザにはご注意ください。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:49Comments(2)

2019年01月19日

正月三が日

明けましておめでとうございます。本年も小欄を宜しくお願い申し上げます。

私、思い起こせば恥ずかしき数々、反省の日々を暮らしております。

え!今頃遅い!正月はいっつの昔!とお叱りを受けるかもしれませんが、正月早々、身内の不幸がありまして、いまいち気分が乗りませんでした。


正月は家族揃っての新年の挨拶から始まる。
酒は毎年、大分の妹婿から、西の関の「ビギン」をもらていたのだが、今年は来なかったので、秋田の「津月」の純米酒と、高知の「司牡丹」を買った。
からすみ、数の子は毎年お歳暮として頂いている。それに合わせる酒は、津月にした。




朝から刺身を食べ、酒を飲む。これは正月のなせるワザだろう。


2日目は、工場にいたら、2年半ぶりに碁がたきが帰ってきた。
さっそく友人の家で、新年碁会が始まった。



もちろん、夜は飲み会になることは、暗黙の了解である。




3日目は、初詣に行った。家族で神社に参拝に行き、お祓いをしてもらうのが、恒例となっている。
お宮の拝殿には、私が48年前に描いた絵が掛けてある。



私は48年前からすると、色あせてしまったが、この油絵は色あせないで、当時のままの色彩が歳月を感じさせない。
ギラギラとした青春時代が頭をよぎる。
帰りにおみくじを引いた。昨年は大吉だったが、今年は末吉だった。
おみくじに女性問題に注意と書いてあった。ん?何事もなく平穏無事でこの一年を乗り越えられるように祈るだけである。




今年は正月から穏やかな日々が続いている。
明治天皇が詠まれた歌がある。
「あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな」  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:01Comments(1)

2018年12月24日

サンタの事情

最近寝覚めが悪い。朝から晩まで「ゴーン、ゴーン」と音がする。除夜の鐘にしては、早い気がするのだが、テレビでは毎日のように、日産のゴーン社長の報道ばっかし、当店は30年以上日産車に乗って、売り上げに協力している。その利益を、このゴーン社長が着服しているという、人間の欲もここまでくると、金の亡者だね。

聖書に書いてある「地上に富を築くより、天国に徳を築きなさい」と、そういえば今日はクリスマスイブか、先週市民病院の整形外来に行った時、通路の所にミニサンタが3人梯子を上る訓練をしている。ユニークで面白い。



そして今日の本番。彼らが屋上に上っていく姿を見た。



雪が降る中、トナカイに乗ってくるのがサンタクロースの定番だが、今は少し事情が変わっているかもしれない。雪が全然降らないところを、丸々太ったサンタクロースが大きな袋を担いで、トナカイにひかせることは、草しか食べないトナカイにとって重労働ではないかと、動物愛護団体からクレームがついたのかもしれない。だからサンタもミニ化して、自分の力で梯子を登っていかなければならなくなったのだと私は推測する。

世の中のお父さん、頑張って屋根裏に潜んでねー。

私は敬謙な仏教徒であるが、今日一日だけケーキのためクリスチャンになります。アーメン。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 21:55Comments(1)