2016年11月18日
送り人とスーパームーン
11月13日、嫁の父が亡くなった。御年93歳であった。
2年半の入院生活だった。
とても穏やかな人で、孫たちにもとても優しかった。
私の両親は20年前に亡くなっている。
親を持つ子供にとっていつかは来ることだと思っていた。
送り人の現実が今おとずれた。
ブログに掲載することは、不謹慎とは思っているが、あえてお許しを願いたい。




生あるものは、いつかは死がおとずれるが、親には最後の仕事がある。
死ぬという事はこういうことだぞと、自分の死をもって伝えることだ。
お通夜の斎場は、満席だった。義父の人柄が偲ばれる。
ご冥福を祈るだけだ。
その翌日、スーパムーンが見られた。とてもきれいだった。

なぜ人は今も昔も月を見て感動するのだろう。
次に見れるのは、18年後だという。
その時まで生きていたら、このブログをまだ書いているでしょう。
フォークのシンガーソングライターに加川良という人がいる。
教訓1の一節に「命は一つ、人生は一回、だから、命を捨てないようにね」とある。
2年半の入院生活だった。
とても穏やかな人で、孫たちにもとても優しかった。
私の両親は20年前に亡くなっている。
親を持つ子供にとっていつかは来ることだと思っていた。
送り人の現実が今おとずれた。
ブログに掲載することは、不謹慎とは思っているが、あえてお許しを願いたい。




生あるものは、いつかは死がおとずれるが、親には最後の仕事がある。
死ぬという事はこういうことだぞと、自分の死をもって伝えることだ。
お通夜の斎場は、満席だった。義父の人柄が偲ばれる。
ご冥福を祈るだけだ。
その翌日、スーパムーンが見られた。とてもきれいだった。

なぜ人は今も昔も月を見て感動するのだろう。
次に見れるのは、18年後だという。
その時まで生きていたら、このブログをまだ書いているでしょう。
フォークのシンガーソングライターに加川良という人がいる。
教訓1の一節に「命は一つ、人生は一回、だから、命を捨てないようにね」とある。
Posted by 貝川蒲鉾店
at 23:07
│Comments(2)
親を送る年齢になって、自分も段々それに近づいてるのを感じます。
親を送った後は我々だが、まだ死ぬわけにはいかない。
まずは100歳を目標にしましょう。