2022年06月24日

親友の死

♪雨が降ります雨が降る~遊びに行きたし金は無しー♪
若山牧水に貧しさを嘆いて詠んだ歌がある。
”抽出しの数の多さよ家のうちかき探せども一銭もなし”
牧水は大正末年九州を旅した。51日間の長旅だったが、紀行文に記録された酒の量が並大抵ではない。
朝の4合から始まり「一日平均二升五合に見積もり、この旅の間に1人で約一石三斗を飲んできた(一石は180.4リットル)。」
その3年後、肝臓を患った牧水は43歳で死去した。
日に2升5合と聞けば、体内のアルコールが防腐剤となって遺体が傷まなかったという伝説にも「さもありなん」とうなずくほかない。

今月の13日夜、風呂に入っている間に着信が入っていた。
見てみると、マブダチの吉田さんからだった。どうせ又酔っぱらってかけて来たんだろーと思って、明日夜が明けてからかけようとその日はかけなかった。
翌日、その日は仕事が休みだったので、自宅に居た。すると、家の電話が鳴った。出てみると、吉田さんの隣の金子さんだった。「ケンちゃん、あんた知っといとや」「何を?」「吉田さんが昨日の晩、亡くならしたってぞー」「エーッ、ウソでしょう」「今日が通夜で明日が葬式って」「エーッ、そうですか、知らせてくれて有難うございました。」その足ですぐ斎場へ行った。するとそこには、自衛隊の三男坊が1人おられた。吉田さんの一部始終を話してくれた。
末期の肺ガンだったそうだ。昨年3月で光琳産業を退職、自動車も車検代がないっと言って手放し、運転免許も返納された。その頃から「心配事があるとさなぁー」「何でしょうか」「中邑医院から、地域医療センターで精密検査を受けるように言われ、その結果がまだこんとさなぁー」と語った。
その頃から、時々妙な咳をしておられた。「それは心配ですねー」と言って、その場は終わった。
数日後、「ケンちゃんなんともなかったぞ、良かったぁー」と明るい声で話してくれた。
だが、日を追うごとに瘦せ衰えいかれるので、これじゃいかんと思い、牛深支所の社会福祉協議会をたずね、吉田さんの家に来てもらい、今後は行政で見てもらうように手続きをとった。
そこで私は「吉田さん、今後は家族や兄弟や福祉協議会とよく話し合って生きていってください。私の仕事はこれで終わりです。」と言って帰ったが、あれが最後だった。

親友の死
親友の死
親友の死
親友の死


思い起こせば、40年前、囲碁を通じて知り合った。
囲碁仲間の内でも、兄弟のように仲が良かった。特に酒の付き合いが多かった。碁が終わると、「ケンちゃんちょっと寄って行こかい。」と言って、夜のとばりの中に消えていった。これが楽しくてネー、他の連中も「貝川、焼酎ば飲み切らんば碁は強くならん」と言ってあっちこっちと飲みに連れていかれた。おかげで碁は強くなったが、酒の方はうわばみみたいな連中ばかりだったので、足元にも及ばなかった。
佐々木又男、太田定、平田健二、一二祐介、そして吉田一久さん。みんな酒が元で死んでしまった。
彼らと一緒に囲碁に命を吹き込んだ薬効に感謝しつつ、彼らの命を縮めた毒性を恨みつつ、それでも止めない男が1人ここにいる。

親友の死
親友の死
親友の死
親友の死
親友の死


もうひとつ牧水の歌がある。「かんがえて飲み始めたる一合の二合の酒の夏の夕暮れ」
2升5合はお付き合いしかねるが、碁盤を傍らに故人と盃を傾けてみる初夏の夕暮れ。
命がけで飲む酒などこの世にあるはずがない!
御冥福を祈る



Posted by 貝川蒲鉾店  at 20:31 │Comments(1)

この記事へのコメント
吉田さんとは、数年前に貝川さんを通じて知り合い囲碁をよく教えていただきました。
最近は、お病気がちと聞いておりましたが、とても残念な思いです。
今でも、吉田さんが、にんまりと微笑んで対局されている様子が浮かんできます。
心からご冥福をお祈りいたします。
Posted by 丸じゅん at 2022年06月26日 16:08
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