2018年04月29日

日本丸来航

いよいよゴールデンウィークの始まりだ。

天気も良く、薫風献上といこう。

今日牛深に日本丸が来航した。久玉湾の沖合いに停泊していた。




配達に行ったり、従業員の送迎の時いつもと違う風景が見える。

私は小さい頃から船が好きである。特に大きな船を見るとワクワクした気持ちになる。

牛深ではめったに見られない光景を仕事の合間に撮ることにした。




日本丸の雄姿を見ていただこう。巡視船とのツーショットも撮れた。








天気は良かったが黄砂が飛んでいたのだろう、かすんで見えた。

海彩館に試食を持っていったら、当店のコーナーの所にご婦人が見ておられた「どれがおすすめですか?」と聞かれ、くんせい蒲鉾の説明をし、試食を食べてもらった。

「少しクセがありますね」と言いながらも、「焼酎に合いますね」と言って、買い物かごに入れられた。

「どちらからお越しですか」と聞いたら、「日本丸で来た。3日後に神戸へ帰る」とのことだった。

ハイヤ大橋横の芝生広場では、午後4時から歓迎セレブレーションが行われることになっているようだ。

我々ハイヤ産直隊にも出店のオファーがあったが、それぞれのスケジュールが決まっていたのでお断りした。

嫁が「とれたて市場」に向かう途中で観光バス3台とすれ違ったと教えてくれた。

きっと日本丸のお客さんを迎えに行ったのだろう。

3時ごろ、芝生広場の前を通ったが、業者ばかりで、乗船客らしい人たちは見かけられなかった。

6時ごろ沖合いを見たら、もう船はいなかった。

薫風香る天草路が皆様の心の中にいいアルバムの1ページとしていつでも生き続けますように。  


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2018年04月25日

「フーテンの寅」現れる

4月21日22日は毎年恒例のハイヤ祭りが盛大に行われた。

今年は天気も良く主催者や出店業者は安心して祭りを迎えられた。





ところが伏兵がいた。気温である。日中の気温が急上昇し、4月にしては夏日だった。

当店は、ハイヤ市ととれたて市場と二手にわかれて、販売することになった。私は工場で後方支援に廻った。

気温が上がると練り物はあまり売れないのだがと一抹の不安はあった。

会場の様子はあまり撮っていませんが、現場の息子の写真話をもとに書きます。

当店の前に「フーテンの寅」こと車寅次郎が来た。




どういう訳でそのような恰好をしているのかは、知らないが、息子が「何処から来られたのですか」と聞いたら、「東京は葛飾柴又」と言ったという。

なかなかやるなお主!

2日目は、須口の船団による海上パレードが勇壮に行われた。この光景もいつまで見られるか、年々漁船の数が減ってきている。漁港牛深は、どこに行ったのだろう。





ステージでくまモンやゆるキャラが来て盛り上がっていたが、お客さんは、今年は少なかったと話に聞く。売り上げも去年よりは少し下がっていた。

週末から、ゴールデンウイークだ。

もうひと頑張りせんと、蒲鉾屋はつらいよ!

  


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2018年04月12日

お釈迦になった

4月8日は、だれもが知っている、お釈迦様の誕生日である。

灌仏会や花祭りでおなじみの仏教徒のお祭りだ。

子供のころ、近所の子供たちが集まり、それぞれ空瓶をもってお寺に甘茶をもらいに行ったものだ。

病院もあまりなかった時代、飲んだり付けたりしたら、ご利益があると聞かされていた。

金はないが、こうしてブログを書いて健康を維持していられるのも、御仏のご加護だろうと思っている。



ところで、皆さん「お釈迦になった」という言葉は知っていますか。

一度は聞いたことがあると思われる方も多かろう。

その言葉の語源は、駄目にしたり、失敗したときに使われる。

話は江戸時代にさかのぼるが、江戸っ子は「はひふへほ」を言葉がなまって「さしすせそ」で会話する。例えば、「ひばち」を「しばち」と発音する。

ある金物細工職人が仕事中、「あぁーお釈迦になった」と呼んだ。

隣の仲間が、「なんでお釈迦だ」と聞く「火が強かった」を江戸っ子弁でしゃべると、「シガツヨカッタ(4月8日)」

すなわちお釈迦様の誕生日である。

江戸っ子は言葉の語呂合わせがうまいなーと感心させられた  


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2018年04月11日

とれたて市場9周年感謝祭

4月7日と8日とれたて市場9周年感謝祭があった。

我々牛深ハイヤ産直隊も出店した。

毎年恒例になっている出荷協議会による豚汁の無料配布、青年部による野菜の販売、綿菓子、風船などがあった。







11時ごろ、拓心高校の芸能部によるハイヤ踊りが披露された。






この日は朝から寒く、なんだこの寒さは、と思って、ハイヤ踊りを見ていたが、急に雲行きが怪しくなり、風が強くなり、雨もぱらついてきた。

午後からのハイヤ踊りは急遽店内で行われた。高校生の踊りははつらつとして、いいね!





さて、我々も負けじと抽選会を行った。

1等は1kgの牛肉(5000円相当)、2等刺身盛り合わせ(4000円相当)、3等は米(5kg3000円相当)、等々、5等まで、その他300円~500円相当の商品を各店舗から6ヶずつ徴収し、各店舗賞とした。

7日の1等賞と2等賞の方は、この方たちです。3等は出なかったので、8日にまわすことにした。









2日目、今日も寒いと思って着込んでいったが、少し寒かったが、天気は回復してきた。

10時半から今日も豚汁の無料配布が行われた。





我々のところには、わざわざ持っていただき恐縮した。

すると、私の店の前で1人の外人さんが立っておられた。「ん、この人は河浦でのイベントで、一度くんせい玉子を買って頂いた記憶がある。」と思って、声を掛けたら、またくんせい玉子を2ヶ買ってくださった。

「どうぞクジを、1回引けますよ、引いてください」と言って、引いてもらったが、開けてもしばらく反応がない。

どれどれと前に行って、見てみたら、なんと1等賞!

手元の鐘をカランカランと鳴らすと、本人もびっくりして、やっと意味がわかられたようだ。「記念に」と写真に納まってもらった。大変喜ばれた。




後から聞いた話だが、新婚さんらしい。

そういえば、奥さんもどこかで見たような気がするが、いずれにしても今日一番のスクープ。どうか久しくお幸せに  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 21:12Comments(0)イベント販売

2018年04月06日

イベント告知

明日、明後日は、本渡とれたて市場の9周年イベントに参加します。

皆さんぜひご来場下さいませ。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 21:57Comments(0)おしらせ

2018年04月02日

エイプリルフール

昨日新しい旗を立てたと、写真を掲載した。



旗が逆さまに立っている。

朝一番、長男が「お父さん、旗が逆さまになっているよ」と言って、一人でとれたて市場に販売に行った。

私は、10時から市民センターである本因坊戦に行った。

帰ってきたら、旗が元に戻っていた。

「嫁になぜ元に戻した」と聞いたら、次男が「お父さんはもうろくしているんじゃない」と言ったという。それで立て直したと。

この無粋なやつらめ!

「今日は4月1日だぜ」と言ったら、二人共「あっ」と言って気が付いたようだ。「ハハハ、してやったり」

一人ニヤリとする一日だった。  


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2018年04月01日

肥後本因坊戦天草代表になる

さあー4月1日、新年度が始まる。

当店も羽生られた旗を外し、新しい旗に変えた。心機一転といこう。



あれ、おかしい。字が逆さまじゃないか。




今日は、肥後本因坊の天草予選が本渡市民センターで行われた。牛深から、仲間3人で行くことになった。

車の中で、「お互いくじであたらなければいいがなぁー」と話しながら対局場へ向かった。幸いにも当たらなかったので、よかった。






私は一回戦は不戦勝でCパートの勝ち残りの人と打つことになった。

他の対局は終わり、私たちが最後の一局となった。ギャラリーが集まってきて、周りを囲んだ。「さあー興行価値のある碁を打たなければ」と内心わくわくしながら対局が始まった。

序盤、大石がとられたが、それを捨て石にして、その分相手の大石をとることができた。最後まで打ち、並べてみたら、私が勝っていた。ラッキーだった。

3度目の天草代表になった。




私の前に対局した友人と今日は祝杯を挙げた。



彼が相手を疲れさせてくれたおかげだろう。牛深から私と、小川さんが、熊日本社に行くことになった。  


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2018年03月30日

錦の御旗切られる

この頃、気づいたのだが、道路わきに立っている当店の旗がやけに破けているな、風で破れたのだろうと思いつつ過ごしてきたが、旗を直しに行き、ふと旗を見ると、はさみかナイフで切り裂かれた跡が残っていた。

やられた。この20年間、猫やカラスの被害には遭ったが、人為的な被害は初めてだ。しかも昼間だから頭にくる。文字をなぞって切ってある。










私はいたって温厚な人間だと思っている。小学生の仕業と思っているが、わからない。

明日から新しい旗を立てれば良い。旗は店の看板だから。  


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2018年03月21日

天使の分け前

イギリスの酒造会社ディアジオは、世界で人気が高いスコッチウイスキー「ジョニーウォーカー」のブランド会社だ。

ジョニーウォーカーには、赤ラベルと黒ラベルがある。通称「ジョニ赤」「ジョニクロ」で有名だ。

若いころ、ジョニクロは高価で、牛深の酒店では、中々手に入れるのが難しかった。更に上のブルーラベルになると入手困難の代物だ。

そのジョニーウォーカーのブランド会社が、この度、ジョニーウォーカーの女性版にあたる「ジェーンウォーカー」を米国で限定販売すると、2月の新聞に出ていた。




紳士が身に着けているシルクハットに、ステッキ姿の女性をデザインした。

米国で女性の歴史をたたえる「女性史月間」に合わせ、3月に発売するとのことだ。

同社は、「ブランドの進化を約束する証明にしたい」とコメントしている。

ここで、ウイスキーやブランデーについて触れてみたい。

ウイスキーやブランデーは、樽で熟成させて造る。

熟成させている間に、少しずつ蒸発し量が減る。

酒蔵の職人たちは、減少分を「天使の分け前」と呼んだ。

「酒をおいしくしてくれる天使に差し上げたのだ」と。

10年間の貯蔵で中身は、7割ほどに減るという。見かけによらず、天使もいける口らしい。

樽の並んだ貯蔵庫の天上近くで、赤い顔でたたずむその姿を想像すると、ちょっと楽しい。


田舎のある酒屋での事、小噺を一つ。

お客「日本酒はありますか?」

店主「いえ、置いていません。」

お客「じゃ、ワインはあります?」

店主「いえ、ありません。」

お客「じゃ、ウイスキーはありますか?」

店主「ありません。スコッチも置いていません。」  


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2018年03月13日

ケンちゃんオリンピックと木山初市

平昌オリンピックも、税金の申告も今日で終わり、やっと普通の生活に戻った。

ピョンチャンオリンピックでは、日本選手の活躍がひときわ目立った大会だった。

メダルを取った選手の記者会見のコメントを聞くと、「よかったね」と心から言いたいし、一生懸命頑張って報われた姿を見ると、ものすごく涙が出てくるのは年のせいだろうか。

私の耳には「ケンちゃんオリンピック、ケンちゃんオリンピック」と聞こえてくる。本当は、平尾昌晃追悼オリンピックだったのだろう。



今月3日、4日と木山初市に出店した。

2年前益城町は、大地震にみまわれた。この木山初市の1ヵ月後だった。1週間過ぎて、救援物資を持って商工会に行ったが、道路がズタズタで、辿り着くまで迂回路の連続だった。町は壊滅的状況だった。

その様子1 その様子2

昨年は、益城町総合体育館の駐車場で木山初市の代わりに「益城復興市」と名を変えて行われた。

テキ屋さん無しの熊本県内の市町村から、たくさんの業者が出店した。

昨年の様子はこちら 1日目  2日目

そして、今年、倒壊した建物はさら地に整理され、以前の木山初市が戻ってきた。多くの人がこの日を待ち望んでいた。人、人、人であった。









ご常連が次々に挨拶に来られ、買って行かれた。



今年は、販売する場所もいつもと違って、こじんまりとした所で、最高の場所だった。

その中、目の前の風景が気になって仕方がなかった。




近づいてみると、ここだけはまだ震災の爪痕が残っていた。

電柱は傾き、地盤が落ちていた。

でも梅の花か、桃の花かわからないが、ピンクの花が咲いていた。



樹木は、自分が咲く時期を忘れない。

仕事に追われているものにとって、季節には疎いが、庭の木々や山の色合いを見て、季節の旬を感じる。そして癒される。手前の松は、枯れかかっている。今移してやらないと、もう駄目だろう。

話を祭りに戻してみる。

私たちが店を出している後ろの方で、白い煙が見える。なんだろうと思って見に行ってみると、小さな列車が走っている。

名古屋から来たという、弁慶号だ。

子供たちが列をなし、駅員の帽子をかぶり乗り込んでいった。

親子でとても楽しそうな光景が見られた。












それにしても益城は子供の多いところだと感じた。震災を体験したこの子供たちが、これからの益城町の復興の担い手になることを願ってやまない  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:20Comments(0)

2018年03月02日

告知

明日、明後日は、木山初市で益城に行きます。

そして、明後日は、人吉にも行きます。

以上告知でした  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:27Comments(0)おしらせ

2018年03月02日

悲しい誕生日

3月1日は私の誕生日である。

一昨日の昼ごろから、急に寒気と腹痛がしてきた。午後6時ごろ病院に行った。

熱が37.9℃あった。念のためインフルエンザの検査もしてもらったが、マイナスだった。

薬をもらって、風呂に入らずにすぐ寝たのだが、頭をよぎるのは、誕生日を予約していた店のことだった。

28日は月末で、支払いがいろいろ大変だが、一人休ませてもらうことにした。

昨日TELして、予約延期をお願いしたら、「全然大丈夫ですよ。早く治し、体調がよくなってからいいです。」とのことで、一安心した。

そして、今日熱も平熱に戻り、食欲も出てきた。腹がもう少しじくじくしているだけだ。

息子がお父さんに一言言っとく。

「元気を出せ」という言葉を送る。

寂しい悲しい67歳の誕生日だった。  


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2018年02月27日

異次元の武将隊

2月に入ってイベントが目白押しだ。

2月10日11日は、福岡市役所での天草うまかもん市、2月18日は、海彩館での、海食祭とキビルフェスタ2018.そして、昨日、三角のB&Gでの三角ふるさと感謝祭には、今年初めて私が出店した。福岡市役所、キビルフェスタは、息子たちが出店したので、現場のことは、あまりわかりません。後ほどご紹介したいと思います。

三角感謝祭には、毎年出店しています。土曜日は、絶好の天気に恵まれ、客足も多かった。

まずは、12時からの豚汁の無料配布には、長蛇の列だった。



皆さんこれを楽しみに来ておられる。この場に座って老いも若きも豚汁で暖をとっている光景は、感謝祭の風物詩だ。



午後からはステージで色々な催しが行われていた。






年のせいか、グループ名を思い出せない。最後は「くまモン」だ。こいつは皆敵わない。




1日目は終わった。


2日目の日曜日は、朝から小雨がぱらついていた。昨日とはうって変わって、風も吹き、気温も下がり、しもやけの身にはとてもつらかった。小雨でぬれるような雨じゃなかったので、外でのイベントはプログラム通り行われた。

黒砂糖作りの実演と無料配布。






餅つき大会の餅の無料配布。





米のつかみ取りなど、JA熊本うきはなかなか気前がいい。

午後からは、米のつかみ取りが行われ、嫁から催促され、私も参加することになった。



列に並んでいると、私で最後ですと言われ、「ラッキー」と思った。

しばらくし、私たちの前に熊本城おもてなし武将隊が現れた。お願いして、蒲鉾を手に持ってもらい写真に納まってもらった。

彼らは気さくに応じてくれた。






「しかし、かっこい良かねー」男前では私も自信があるが、「彼らは凛々しかし、武将のよかー」

彼らと話していると、異次元に来たようである。


来月3月3日、4日に全国の武将隊が(12チーム)が熊本城に集いイベントが開催されるそうだ。私も是非との案内があった。

もう少し若かったら武将隊に加えてもらえたのだが、「え、あんたは無理」なぜ?

「あんたはブサイク隊のほうが似合っている」ほっとけ!  


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2018年02月08日

老朽化したかまぼこのおじちゃん

今年の四月でこの道49年になる。

そして工場を今の場所に移転して37年になります。

昨年から機械・機具が次々に老朽化し、37年の長い年月を感じさせている。

修理できるものは、修理し、できないものは新しいものを購入する以外はない。いつも火の車だ。

先月末、当店のメインであるくんせい機を修理してもらった。周りの鉄板が腐食して穴が数ヵ所開いていた。修理風景である。







今これを新しく作り直すと、200万はくだらないだろう。

この様にして町工場の職人さんたちが居て下さるから本当に助かる。機械は使っている時しか壊れない。だから経営者は毎日の保守点検を怠ってはならない。「何!あなたも老朽化している」ふん、余計なお世話!




2月1日に息子と2人で本渡の天草商工会にパッケージやポップの作り方の相談会に出席した。

朝、駐車場に向かうと私の車が鳥の糞に集中砲火を浴びていた。上を見上げたが電線は無く、鳥一匹姿もない。怒っても仕方がない。小雨が降っていたので、ティッシュでこすったら消えた。

相談会を終えて外に出ると晴れていた。すると消えたように見えた車が真っ白になっていた。




オーマイゴッド、すぐ牛深へ帰り洗車場に向かった。お宝は払うし、フンだり蹴ったりだった。



思わず叫ぶ、”このクソッタレ野郎”  


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2018年01月27日

かまぼこのおじちゃん

近頃、ニュースでは、今季一番の寒波がと、毎回のように報道される。

一年の中で、一番寒い大寒の真っただ中、大雪で日本列島は大パニックになっている。自然の猛威の中では、人間の力は無力なり。

そんな中、今月の12日、天草にも雪が降った。

この近年、こんなに積もったことは珍しい。団地の駐車場や工場付近は、このような有様である。






風情があるとは言っておれぬが、しばし静寂感に浸った。

車は動けず、仕事は休みとなったので、工場内で留守番をしていると、外で子供の声が聞こえて来た。ドアを開けると、前の家の子供が「かまぼこのおじちゃん」と言って雪を丸めて、手のひらに乗せて見せに来てくれた。



生まれて初めて見る雪だろう。言葉もたどたどしかったが、いつの間にか会話ができるようになっていた。すると姉ちゃんも来て「おうちにおいでよー」と言って、庭先まで連れられていった。庭先には、雪だるまが座っていた。



真っ白な雪だるまだったので、「おじちゃんが、目と口をつけてやろう」と言って、工場から消し炭を持ってきて顔を作ってやった。

大喜びで、すべったり、ころんだりの大騒ぎだった。




でもかまぼこのおじちゃんと呼んでくれたのは嬉しかった。

寒くて、ブログを怠けていたが、今日、工場の前の梅の花が、ほころんでいるのを見た。



「冬来たりならば春遠からじ」とは言うが、我が人生の春は、まだ来ない!  


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2018年01月04日

寝ては覚め、起きては食ふお正月

あっと言う間に正月三が日が過ぎてしまった。

「ツン、ツクツクツン」

正月ではおなじみの宮城道雄の「春の海」である。

正月三が日は、天候に恵まれ、近年、正月をこんなに穏やかに迎えられた年はないだろう。

元日は一日中家にいた。おとそと十一屋銀平、西の関「美吟」に囲まれ幸せな一日であった。





二日目は碁仲間と新春初打ちを堪能した。




三日は恒例の家族で八幡宮に参拝し、初詣とした。





新しくなった拝殿に私が20歳頃、描いた絵が掲げてあった。拙い絵だが、嬉しかった。



光が反射してあまり上手く写っていないが、仕方ない。

その後おみくじを引いた。何と大吉!

今まで大吉を引いたことはあまりない。「財を成し名声を得るだろう。」と書いてある。

”こいつは春から縁起がいいわい”

ぜひそうであってほしいものだ。

気をよくして、海彩館で、仲間と新年会を洒落込んだ。



高齢になると、来年も元気で新年会を迎えるという事は断言できない。

だから一年を終えて、新年を迎えるという事はお互いの生きている「あかし」である。

もう一つ、おみくじに書いてあった。「絶えず学習しろ」と。

つたない小欄ですが、本年もよろしくお願いいたします。


  


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2018年01月01日

12月32日のカレンダー

昨日やっと戦いは終わった。

長い師走であった。あかね市での戦い、日本セレクトのギフト商戦、牛深東小の討入り、相良村への遠方攻略、そして通常のお取引様やホームページ、一般のお客様等々、無休で働いた。

皆、よく頑張ったと称賛したい。なかなかブログに向かうことが出来なかったが、その間の出来事を紹介したいと思います。


まずは、日本セレクトのギフト商戦。

こんなに注文が来るとは想像もしていなかった。





毎日どの商品かが欠品していく。嬉しい誤算だった。

次は12月14日、牛深東小3年生の社会科見学だ。先月身内に不幸があって、この日に延びた。12月14日、忠臣蔵で有名だが、47士の半分、23名が、討ち入って来た。我々もそれを迎え撃った。








皆初めて触る蒲鉾に歓喜を上げた。後日その時のお礼と、体験して感じたことなどを書いた感想文が届いた。





その中で、「長生きしてずっと建ってて下さい。」という文があった。嬉しかったし、励まされた。

人吉の相良村温泉センターのイベントは、毎年恒例である。今年は、売る蒲鉾が少なかったが、それでも売れた。それよりも圧巻は、嫁がガラポンで、特賞を当てたことだ。

テレビか宿泊券であったが、テレビを貰って来た。身内が当たってはいけないのだが、仕方がない。その黄金の腕で今度は宝くじをと欲が膨らむ。

毎日5時から仕事に行き、暗くなる7時に帰宅。その繰り返しで、人と会うことも話すこともない。夕食だけが楽しみだが、年末近くになると、タコの刺身が出てくる。「はっ」と思う。



まさかタコ部屋で監禁されているではないかと。

そして昨日、終戦を迎えた。




ふとカレンダーを見ると、今年もあと1日だ。



「暦ももう少しで今年も終わりですネー♪」と口ずさんでみる。

”何、明日が正月”  


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2017年12月12日

師走戦線とあかね市の番外編

朝起きて外へ出ると、冬空で寒かった。空には天草中のトンビがここにきて舞っているようだ。




今当店は、今までに経験したことのない事態に陥っている。毎年師走のお歳暮セットの注文は100位にとどまるが、今年は現在入っているだけで、280はくだらない。

日本セレクト(株)と商工会議所の新たな試み「ごっつお市」の一環だ。伏兵が潜んでいるとは考えてもいなかった。甘かった。工場にZ旗を上げた。

当社の存亡は、この一戦に有り、各員一層奮励努力せよ。

口には出さないが皆わかっている。やっと師走らしくなってきた。





猫の手も借りたいところだ。そしたら、猫がいた。バイクに乗って座席に立ってハンドルを握っていた。




写真に撮ろうと近づいたら、下に降りた。

「お前たちは良いね。盆も正月ものんびりできて。」

今月初め、「あかね市」があったが、天候に恵まれ、この近年では、最高の人出だったようだ。出店者の皆さんも売り上げは、上々だったのではないかな。





普通はこれでめでたしめでたしだが、それで終わらないのが小欄である。

私はまた失敗を犯した。販売は嫁に任せることにし、みんなで出店準備して発電機もかけ、電気がつくのを確認して工場に戻った。10時過ぎごろ嫁から「電気をつけに来て」との連絡があり、「あれ、つけて行ったのに」と思っていたら、発電機はスイッチONの状態で、止まっていた。

この発電機はロープを引っ張らないとかからない旧式だ。チョークを引いて何回か引っ張ってもかからない。ガソリンは満タンだ。

店に挨拶に来ていた長男の友達に、これをかけてくれないかと頼み、何度か引っ張ってもらったが、かからない。近くの出店業者も集まってきてかわりばんこに引っ張ったが、かからない。近くを通りかかった腕自慢、力自慢の人々も呼び止めて、引っ張ってもらったがかからない。

周りはギャラリーも増えて来た。どうした。どうした。結局故障だろうで、おさまったが、そうっとレンタル会社に電話した。

「朝は一発でかかったが、何回引っ張ってもかからない。」とそしたら、「燃料コックがONになっていますか」と見てみたら、OFFになっていた。

これじゃどんなに名人達人が来て引っ張ってもかからない。あーまたやってしまった。

今更OFFだったとは言えない。引っ張っていただいた皆様にこの場を借りて深くお詫び申し上げます。  


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2017年12月05日

孟子孔子の教え

先月末、身内に不幸がありました。少しブログも控えさせていただきました。

師走に入って仕事も忙しくなり、辛い労働に明け暮れています。

あかね市も無事に終わり、そろそろブログ復帰と思っています。少数の小欄ファンの方々

「もうし、こうし待って下さい。」  


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2017年11月23日

希望

先週、土日は健軍商店街と、天草市民センターと二手に分かれてイベントに行った。

健軍は「健軍健康フェア―」天草は、「火の国ボランティアフェアー」・・・は健康には関係ないが、11月14日は世界糖尿病デーだったようだ。今月は各地で啓発活動が行われた。







先月嫁が住民健康診断を受けに行った。私は毎月やっているから行かなかった。

今月初め、結果を聞きに行った。

「どうだった」と聞くと「悪いところはあまりなかったが、メタボ予備軍です」と言われメジャーをプレゼントされたという。嫁が居ないところで、家族で話し合った。

先生は直接メタボと言えなくて、遠回しにそう言ったんだろうと、その結果、「彼女は予備軍じゃなく、真の正規軍だ」という結論に達した。

我々も腹をさすりつつ生活改善を誓った。

新聞の小欄で、岸洋子の「希望」の替え歌を目にした。

♪希望と言う名のあなたを訪ねて♪ご年配の方はご存氏の方も多かろう。

どこかの政党名ではない。その一節を「脂肪と言う名のあなたを減らしに遠い町へとまた医師に行く」・・・あなたは昔の私の思い出、大食の夢、初めてのL、けれど私がスリムになった日に黙ってどこかへ立ち去ったあなた、いつかあなたにまた会うまでは、私の腹は段差のない腹。  


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