2017年02月19日

夕日と牛深八幡宮の改築現場パート2

先日、望洋閣では、大変な醜態をお見せ致しました。深く反省の日々を送っています。

その時に撮った写真を一枚掲載するのを忘れていました。




正面玄関を入ってすぐ、立派なひな壇が飾ってありました。

もうすぐ桃の節句。人吉ではひな祭りにちなんだイベントが行われています。

当店も、3月4日、人吉のひな祭りにハイヤ踊りの桃の会のお誘いで、産直隊3業者で出店します。今年で、4年になります。

人吉では海産物が好評で、特に牛深という事もあって、毎年売れています。人吉の皆さん、息子たちが行きますので、よろしくお願いします。


さて、話は変わりますが、上棟式から1ヵ月になりますが、牛深八幡宮の改築現場の進行状態をお伝えします。





だいたいの外観が出来上がっています。

絵でいうと、下書きが終わり、色を塗り始めたという段階です。

ちょうど、夕暮れ時で、夕日が沈むのもとらえる事が出来ました。




静けさの中で見る夕日は美しく、幼少の時からの光景は今でも変わることなく、脳裏に焼きついています。

私が海や山の見えない都会に住めない原点になっています。

いつまでもこの美しい夕日の見える天草であってほしいと、願ってやみません。

牛深八幡宮の改築工事から完成まで逐次小欄で伝えていきたいと思います。

以上現場からでした。

  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:02Comments(2)

2017年02月15日

事情通の話

昨日、下田の望洋閣での話を書いた。

中学時代に、下田先生という人がいた。あだ名は、「ゲタサン」と呼んでいた。

望洋閣も下駄をそろえていたので、粋な計らいだなと、思っていた。

この人は、下駄を履く前に、言葉をはき違えていたらしい。

  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:37Comments(0)

2017年02月14日

悲劇の新年会

昨日、我が牛深ハイヤ産直隊は、新年会を兼ね、望洋閣に一泊旅行となった。

先週末の寒さも嘘のような、小春日和だった。

午後4時出発、5時に着いた。しばらくすると、アナウンスで今が一番夕日の沈むのが見頃ですと館内に放送された。

見ていただこう。





県外から来られた方々には、感動的なものだったに違いない。

皆、大浴場で一っ風呂あび、宴会に入った。

若女将さんがあいさつに来られ、写真もお願いした。





みんな、これ以上の笑顔はないといった表情である。

料理も品数が多く、食べきれないほどであった。




隊員の一人から「少し酢の物が多いじゃないか」というクレームがついた。

確かにとは思ったが、黒霧島でさらりと流した。



宴会も和気あいあいの内に終わり、めでたしめでたしと思っていたが、この後悲劇が待っていることは予想もしなかった。

二次会に行こうという、有志が2,3人いて、最初は断ったが、送り迎えがあるというので、カラオケに行った。

浴衣を着たままだったので、よせばいいのにホテルの下駄を履いていった。これが不幸の始まりだった。

迎えに来たカラオケのママさんが、帰りも送ることになっていたが、仲間の一人が「あんたも飲めな、俺たちは歩いていくで」とママさんに飲ませてしまった。

ま、その時はタクシーで帰ればいいじゃないかと気にも留めなかった。カラオケは盛り上がり、帰る時間になって、「タクシーを呼んでくれ」と言った。

下田にはタクシーはないという。一瞬青くなった。寒空に放り出された。

皆俺より若いから、さっさと歩いていくが、下駄を履いているし、腰が痛いし、右足には水がたまっている。しかも下駄の鼻緒が緩くて何度もこける。

浴衣姿だから寒い。見かねたルモンドの橋本さんが、肩を貸してくれた。

寒空に下駄の音だけが、響き渡り、やっとのことで望洋閣に着いた。

だが、事はこれでは終わらなかった。

部屋に帰ったら財布を落としているのに気がついた。さー大変、着物を着がえ、嫁に運転を頼んだ。

望洋閣のフロントの人、警備員の方々に、車を出せるよう手配してもらい、来た道を急いで探した。

「あった」

車から降りてみると、わが財布である。

財布が言う「酷いじゃないか、寒空に置いていくなんて」

「俺の財布だろ、寒さには慣れているじゃないか」と俺も言う。でも良かった。

フロントの人も喜ばれた。部屋に帰り、眠りにつくことになったが、針の筵に寝ているようだった。

事情通の話
この男が旅に行って、何か物事をおこさないことはない。懲りない男である。「ちった馬鹿じゃかー」  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:41Comments(3)

2017年02月11日

座ハイヤ

今日は、雪が降ってとても寒い一日だった。

「けんちゃん今日は、座ハイヤだから来んばね」と言う、桃の会の副会長から、TELがあった。

井上会長のあいさつで座ハイヤは今年で11年目になると言う。

それまで何も気にとめていなかったが、牛深が豊漁で沸いた昭和40年代を思い出した。

一ヶ月漁に出るが、月夜になると、牛深港に帰り、一週間位休日になる。

当時の漁師は、羽振りもよく元気が良かった。

みうら屋、紅くん亭、昭明、昭鶴、等々の料亭で漁師の酒盛りは、三味線太鼓でどんちゃん騒ぎだった。

商店街は、早めに店を閉じ、公務員は月の夜は飲みに行かなかったと聞く。深夜になるとあっちでもけんか、こっちでもけんかであった。

そのどんちゃん騒ぎを後世に伝えている地区が牛深加世浦地区にあるという。「えびす会」である。

会員25名、70歳くらいが3名、75~83歳、皆高齢者で、平均年齢は75歳くらいだ。





オープニングに和太鼓が披露された。



乾杯の後、昔、牛深で結婚式の当日は、婿の方から嫁さん方に酒樽と鯛を担いで、男性が女装して歌に合わせて踊りながら、迎えの口上を述べに行く習わしがあった。これを樽持ち又は、鯛持ちという。




歌は「磯節」踊りもうまい。下手な役者はかなわない。

運よく「えびす会」の席に、座らせてもらった。皆、ユーモアたっぷりの高齢者である。

もと漁師が大半。踊りに型はないと言う。みんなその場で即興で踊る。唄に合わせ、三味線と太鼓、手拍子だ。さあ、開演だ。






飛び入り歓迎、タオルを首にかけられた人は、必ず踊らなければならない。


最後は、ハイヤ踊りで終わった。




私は思う。えびす会の人々の屈託のない笑顔、どうやったら人を楽しませられるだろうかと口には出さないが、皆、天性のユーモアを持っている。これは、牛深の宝。国の無形文化財に匹敵すると言っても過言ではない。

今回は楽しませてもらった。ただ、心配なのは「明年、この会、誰か、健なるを、いづくんぞ知らんや」

皆さんご高齢である。来年も全員欠けることなく会えるよう願うのみだ。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:50Comments(1)

2017年02月06日

プロポーズの言葉

天皇陛下が、皇太子でいらっしゃった頃、美智子様にプロポーズした言葉をある新聞の欄で読んだことがある。

「柳行李(やなぎこうり)一つで来てください」と、今風にいうと、「スーツケース一つで」ということだろう。

記事によると、ご結婚から42年後、平成13年に68歳の誕生日を迎えられた、記者会見の席で「私が、柳行李一つでと、皇后に結婚を申し込んだと今も言われていますが、私は一言も口にしていませんでした。」と

情報の誤りをやんわりとたしなめられたと書いてあった。

否定はされたが、私は火のない所に煙は立たないと思っている。本当であっても天皇の口からそうですとは、言えないだろう。

そういう所に天皇の魅力を感じ、ひとり「ニヤリ」として、幸せ感に浸っていたのだが、ふと横を見ると、傍らに我が皇后さまが焼酎を枕に討ち死にしているではないか。




「あぁ、やんぬるかな」天下泰平の女(ひと)である。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:11Comments(2)

2017年02月04日

節分

今日は節分。節分といえば、豆まきだが、近年、恵方巻という巻き寿司を「ある方角を向いて食べると幸せになる」という事らしく、関西から伝わったらしい。

テレビで、この恵方巻シーズンになると、大手コンビニメーカーが従業員に「ノルマ」を課していたことが報道で伝えられた。

目標を定めるのは良いが、それを達成できなかった人には、ペナルティを科すというのはおかしい。経営者としては、疑問に思う。

バレンタインデー、クリスマスケーキ、土用の丑の日、恵方巻とシーズンが来ると、それに携わる従業員の方々は、戦々恐々としているに違いない。

今日は節分であるとは知っていたが、歯が痛くて急遽、本渡の中村歯科に行くことになった。

中村歯科に入っていこうとしたら、恵方巻の旗を持って、赤鬼が立っているではないか。



桃太郎にいじめられ、節分になると豆を投げられ、それでも恵方巻を売らなければならない。鬼はあわれである。幼いころ読んだ「泣いた赤鬼」を思い出す。

歯の痛さから、今日は大きな口を開けて頬張ることはもちろん、酒を飲むこともできないと思っていたが、恵方巻が一口サイズに切ってある。




これを大分の「邪馬美人」で流す。豆はないが、福は内、金は外と叫んでみる。気のせいだろうか、痛みが無くなった。

  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:21Comments(0)

2017年01月22日

牛深八幡宮の上棟式

昨日牛深八幡宮の上棟式が行われた。

絶好の天気である。今日でも一昨日でも行われていたら、荒れた天気で大変だったに違いない。



そこは神様、流石だ。

午後2時、神事が行われた。宮司さんが神様に祝詞を奏上し、氏子関係役員、工事関係者の人たちにお祓いをされた。






その後、宮大工棟梁の岩下さんが屋根に上がり上棟式が行われた。


古式ゆたかな上棟式の飾りが目をみはった。生まれて初めて見た。本当の飾りである。

棟梁の合図で、屋根の最上部の要のはりが打ちこまれた。

その上空を一筋のロケット雲が横切っていったことを私は見逃さなかった。


各地の八百万の神様たちも見学に来られたに違いない。

神事も終わり、いよいよ餅投げである。

今年の年男年女が、屋根に上がり、氏子、工事関係者も後に続いた。

境内の中にはいつの間にかギャラリーも増え、所狭しとその時を待っている。舞台は整った。



棟梁の合図で、餅投げが始まった。






大量の餅だ。写真を撮っている自分の足元にも飛んできた。

祝い物だ。私も拾うことにした。

天気に恵まれ、無事上棟式は終わった。宮司さんのお話では、174年ぶりの改築工事との事だった。

来れなかった方々も是非この写真を記憶にとどめ、落成式まで皆さんと一緒に見守っていけたら幸いと思います。



完成は6月頃だと聞いた。
  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:31Comments(2)

2017年01月19日

今年は酉年

朝起きて、駐車場に向かっていたら、おびただしい鳥の群れが電線にとまっているではないか。






ヒッチコック監督の「鳥」を思い出させる。天草中の鳥が集まっているようだ。非常に不気味な光景だった。




この柿も1本の木にたくさんの実がなっているが、ほったらかしだろうか、1月に入った今でもこの状態である。これも不気味だ。


業界団体が定める記念日に、「日本酒の日」がある。

酒という字のつくりの「酉」が十二支の10番目にあたるという理由から、10月1日をその日にしたらしい。

燗酒を友にしたい季節である。鍋物があれば言うことはない。

ネギやダイコンなどは、冬の寒さに触れて甘みを帯び低温から身を守ろうと自ら糖分を増やすという。

野菜ほど強くない人間が、寒風より酒を友とするのをご理解願いたい。




  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:49Comments(1)

2017年01月17日

牛深八幡宮の改築現場(パート1)

年始に牛深八幡宮の改築を、完成するまでブログに掲載することを本年の目標にあげた。

昨日、八幡宮に行く用事があって、宮崎区に足を運んだ。

外は、事故防止網で囲われていたが、許可を得て改築現場を撮影することが出来た。

ご覧いただこう。










神社やお寺は何百年に1度建て直しをすると聞く、その舞台裏を写真に撮れたことがとてもうれしく思う。

次に建立する時までは現在牛深に生きている人は、ほとんど亡くなってしまっているだろう。

今、その現場を現実に生きて撮影できることを、その現場を後世に伝えられることを、私は誇りに思う。

完成までの改築工程をブログで逐次伝えていこうと思っている。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:59Comments(0)

2017年01月16日

空腹は最高の料理人

昨日、宇城彩館の商品が欠品しているので、松橋までのぼることになった。

出発が遅くなったので、着いたのは午後5時過ぎだった。

今日は仕事は休みにしていたので、新年のあいさつを兼ねて、男の隠れ家「こめや」に泊まることにした。

途中でもらった「はっさく」をおすそ分けで女将さんにやると、「ここに飾るのが欲しかった。」と、その場で、受付カウンターに置かれた。

それがこれだ




なるほど、これなら風情がある。

震災後、夕食は出していないという事で、外食になったが、行った先々が休みで、こめやに戻り再度紹介してもらった。

暗くなった知らない町を、言われた目印を見つけながら歩くのは、高齢者にとっては大変だった。

牛深でも歩いたことのない距離を歩いて着いた時には、へとへとだった。

「蔵屋敷」と言う店である。名前からしてきっと期待を裏切らない料理が出るだろうと思って入った。

洒落た店内だった。料理をオーダーし、ブログ用に写真も撮ったつもりだった。




だが、食べてみたが平凡な味だった。

「空腹は最高の料理人」と自分に言い聞かせながら、ビールと島美人で流した。

店を出て、愚痴りながら、歩いていると後ろから、

「お客さーん、帽子を忘れていますよ」追っかけてきたのは、店主の息子さんである。

嫁の帽子だ。これで上記で書いたことはチャラになった。

しかも写真もこれ1枚しか写っていない。あーあ今年1年が思いやられる  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:53Comments(0)

2017年01月04日

短かった正月三が日

あけましておめでとうございます。


正月は、久しぶり休めると思って、酒も仕入れ、万全の態勢で臨んだつもりだった。

紅白歌合戦の後、寝ようと思っていたが、何か面白い番組はないかと、チャンネルを回していたら、「ゴッドファーザー」をやっているではないか。

しかも、深夜0時から朝の9時まで、パート1~3までノーカットだ。

4時までは見た。感動した。だが、もう正月になっているので、やむなく床についた。

朝から酒を飲めるのは、正月以外にない。

北海道の酒「男山」は美味かった。




初日の出を見られなかったので、夕日をと思って外に出たが、もう沈んでしまっていた。



1月3日は我が家では初詣の日に決まっている。

八幡宮に行ったら、神社の改築が始まっているではないか。迂闊だった。



家族全員でお祓いを受けた。

その後、新車のお祓いをしていただいた。





だが、この車、健軍イベントの際、横をこすっていた。

もう少し早くお祓いをしとけばと思ったが、後の祭り、今年はこの神社の改築工事を逐次お伝えしよう。

小欄をいつも見ていただいている皆さん、本年もよろしくお願い申し上げます。
  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:44Comments(2)

2016年12月31日

大晦日

当店にとって長い師走が終わった。

12月に入って昨日まで、無休である。みんな頑張った。

凍った魚の頭切りの後の氷である。




今年最後のくんせいが終わり、窯から松木の燃え残りを出して、これに水をかける。




ジュウっという音を聞くと、やっと今年も終わったと、安堵感が漂う。


今年は正月から葬式が多かった。

年末まで絶えず、葬儀の看板が立っていた。

やすらぎの湯の送迎バスの客が減ったいう。



この魚貫崎の向こうの西方のかなたに黄泉があると、浄土真宗の教えにある。みなそこへ旅立ったのだろう。

私はまだ旅費を持たないから、旅には出発できそうにない。

明日は正月、今年は熊本震災をはじめ、激動の一年だったが、みんな前を進む以外何もない。

来年こそいい年になりますように。

小欄を見てくださった皆様に幸多かれと祈る。




当店は、正月四日までは休みである。うれしい。酒も出番を待っている。

事情通の話
「この男、飲む気満々であるが、結末が不安である」  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:16Comments(2)

2016年11月26日

今年も健軍商店街に行ってきた

今日は、父に代わり愚息が書いていきたいと思います。

打ち込んでるのは、毎回私なのですが…。

さて、11月20日に私は健軍商店街に行ってきました。

19日から健康フェア&健軍よかもん市が開催されていて、それに参加したというわけです。

健軍と言えば、熊本地震で被害が大きかった地域であり、その爪痕は未だに残っていました。



アーケードの天井は修理中ですね。サンリブは、取り壊されていました。



こんな感じで、売り出しの準備をする。我々産直隊のメンバー。


イベントの内容は、まず最初に開会と子供神輿がありました。



かなりの人の数でした。というより、子どもたちが多い。

やっぱり都会だなと思いました(小並感)。





あとは、フラダンスがあったり、ゴスペル音楽があったり、吹奏楽の演奏があったりと、にぎやかでした。



最後は、琉球國祭り太鼓があって、イベントも終了です。

前回のブログ記事の通り、父たちは、本渡の天草マラソンの方にいっており、健軍商店街は我々と、二手に分かれての販売でした。

父たちに負けじと、頑張って販売してきました。



昼ご飯は、商店街内にあるラーメン屋で食べました。

300円は安い。これだけは伝えておきたかった。

  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:14Comments(2)

2016年11月21日

天草マラソンと番外編

昨日、第11回天草マラソン大会が行われた。

心配された天候も、曇り日和で暑くもなく寒くもなく、絶好のマラソン日和だ。

毎年、本渡陸上競技場が、スタートとゴール地点だったが、今年は大矢崎の緑地公園で行われた。初めてである。

出店業者は7時~8時までに搬入するよう通達された。

ハーフマラソンは、9時に天草信用金庫の本店前からのスタートだった。



我々業者も準備万端整え、決戦に備えた。

ハーフマラソンの1位のランナーがゴールしたころまでは、人はまばらだったが、次々にゴールした者が入ってくると、広い会場は人、人、人にあふれて来た。




さー我々も戦闘開始である。フルマラソンの選手がゴールする前に、ハーフマラソンの表彰式が行われた。その後、餅投げも行われた。





番外編

去年は、猫ひろしが招待選手として走ったが、今年は猫も犬も招待選手はいなかった。

だが、色々のコスプレの選手がいた。その選手たちを2,3紹介しよう。







とてもユニークである。

「スポーツは勝つことではなく、参加することに意義がある。」

皆さんご苦労様でした。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:54Comments(2)

2016年11月19日

告知

明日は、天草マラソン大会と、健軍商店街の2か所に販売に行きます。

よろしくお願いします。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:41Comments(0)

2016年11月18日

送り人とスーパームーン

11月13日、嫁の父が亡くなった。御年93歳であった。

2年半の入院生活だった。

とても穏やかな人で、孫たちにもとても優しかった。

私の両親は20年前に亡くなっている。

親を持つ子供にとっていつかは来ることだと思っていた。

送り人の現実が今おとずれた。

ブログに掲載することは、不謹慎とは思っているが、あえてお許しを願いたい。







生あるものは、いつかは死がおとずれるが、親には最後の仕事がある。

死ぬという事はこういうことだぞと、自分の死をもって伝えることだ。

お通夜の斎場は、満席だった。義父の人柄が偲ばれる。

ご冥福を祈るだけだ。



その翌日、スーパムーンが見られた。とてもきれいだった。




なぜ人は今も昔も月を見て感動するのだろう。

次に見れるのは、18年後だという。

その時まで生きていたら、このブログをまだ書いているでしょう。

フォークのシンガーソングライターに加川良という人がいる。

教訓1の一節に「命は一つ、人生は一回、だから、命を捨てないようにね」とある。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:07Comments(2)

2016年11月10日

久玉小3年生体験学習に来る

昨日、久玉小の3年生が、工場見学に訪れた。

先週、担任の先生から、授業の一環として、工場見学をさせてもらえないかというTELがあり、少し考えたが、うまくスケジュールを合わせることが出来たので、OKした。

9時半すぎた頃、22人の精鋭達が工場前に顔を見せた。



ますは、工場の中に入ってもらい、現場の仕事の様子を見てもらった。それから外に出て蒲鉾作りに対しての質疑応答に入った。




おいしく作るには、どうしていますか?

値段はどうして決められているのですか?

蒲鉾を作るときは、どういう時が辛いと思いますか?等々

矢継ぎ早にに質問が飛んで来る。たじたじである。

ど素人の大人は、口先でいなせるが、子どもには嘘は教えられない。

その後、体験学習に入った。

蒲鉾にチーズを入れて丸くまるめる作業を体験してもらった。







皆、悪戦苦闘ではあったが、笑顔で楽しく作っていた。

先生にも体験してもらった。

皆が物作りの楽しさ、苦しさを知り、少しでも将来の自分に役立ってくれれば幸いである。

午後3時頃、出来上がったみんなの手づくりチーズ入りくんせい蒲鉾を小学校に届けた。

その日の夕方、米国大統領選の一報を聞いた。

愕然と来た。ヒラリー氏はトランプ氏がジョーカーを持っていることを知らなかったかもしれない。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 21:38Comments(2)

2016年11月01日

三度益城へ

熊本震災から半年になる。10月20日頃と思うが、益城町商工会の婦人部長から

「貝川さん、今月の30日にイベントをするから、是非来てもらえないか。」というオファーを受けた。

「魚が食べたい」という事だ。

すぐ、我々産直隊は出店者を募った。三業者が行くことになった。秋祭りだという。

初めての試みで、益城復興市でイベントをしようと企画したそうだ。牛深ハイヤ踊りも是非という事でした。

ハイヤ踊りの桃の会にお願いして、「今日はボランティアで出演してもらえないか」と桃の会の会長にお願いしたら、

「今こそ益城町に恩返しせねばならない。」と快諾してもらった。思う気持ちは一緒だった。

「ありがたい」牛深の心意気を伝えたい。

その情景をご覧いただこう。










ハイヤ踊りは、午前1回、午後1回と2回公演だった。



現場は、地震の爪痕もまだまだ残っている黒潮市場の敷地内です。皆さんで、道中踊りを踊った。

きっと楽しい思い出になったに違いない。

その後ステージでは、カラオケ大会になった。









帰り際、商工会の婦人部長、富澤さんと記念写真を撮ってもらい帰路についた。

10月31日、今日で避難所が終わりになるという。追い出された人々は、これから冬が来るというのに、路頭に迷われる方もいるだろう。

あてになるようであてにならないのが行政である。自分たちの町は自分たちで結束して少しずつ立ち上がる以外にはないだろう。

その為にも、要請があれば、我々はいつでも支援を惜しまない県民ならましてや!



  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:15Comments(0)

2016年10月22日

伝統行事「村祭り」

今日、天草市の魚貫町のお祭りに呼ばれた。

魚貫町の祭りは、世襲制で、代々受け継がれていた。

各家には、御神灯が玄関先に掲げられ、昔からの伝統行事が、今に伝えられている。



沢山のごちそうに迎えられすっかりいい気持になった。



家主から「とある人から、碁盤を頂いた。一局打ってもらえないか」と言われ、一局打つことになった。が、お客さんもいっぱい来ておられたので、ほんの10数手までで、引き分けで終わった。



息子さんが、余興として、相撲取りに扮して、場席を和ませた。



何百年も続く伝統行事でも、若者がそれを受け継いで、後世に伝えなければ、どうすることもできない。

日本の中小企業にしても、村の伝統行事にしても、後継者なしでは、前に進めないのが現実だ。


  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:16Comments(0)

2016年10月17日

KAB元気フェスタ2016

毎年10月の第3土、日、グランメッセで行われていた「KAB元気フェスタ」が熊本震災で、使用できないため、急遽駅前周辺で行われた。

当店にもオファーがかかった。ありがたい事である。

イベントは熊本城の二の丸広場、駅前、そして白川沿いの白川石塘3か所で行われた。

ここでのイベントは、震災前後でも、初めてである。

KABが、熊本震災復興支援と銘打って、県内50業者に声かけ、2016元気フェスタが開幕した。



白川石塘の出店者に、蒲島県知事もあいさつに来られた。






会場の風景




特設ステージ





そして、KABのテレビでおなじみのアナウンサー、キャスター、レポーターの面々が快く写真に応じてくれた。






外のイベントでは、実演販売、アイスクリームとかその場で食べられる業者とでは、物産品の我々にとっては厳しいものがある。

しかし、初めて食す商品と当店との名前をしっかり売って来た。利益は二の次である。

事情通の話、
「この人はこれだから、貧乏から抜け出せないのである。」  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:38Comments(0)