2016年08月24日

息子の誕生日

昨日は、次男の誕生日で、家族でささやかなお祝いをしようと、イタリアへ出かけた。

久しぶりである。

毎日刺身があればいいと思っている小欄には、たまにはイタリアンも食べたいと思うひそかな期待があった。

マスターが気持ちよく料理を出してくれた。

日中の暑さ、仕事を終えてから飲む生ビールは最高だ。

仕事の能率を上げる為にも休息は必要だと思ふ。

生ハムの塩分が汗をかいた後の体に、力を与えてくれた。「うまい!」





この店の名は「ラ・モト」イタリアンの店である。

マスターと記念ショットを撮らせてもらった。





彼は私が20代の頃、小学生に絵を教えていた時の生徒だった。

彼曰く「自分の料理を通して、地元牛深の力になれば」という思いで、帰って来たらしい。

職種は違うが、牛深を思う気持ちは同じである。

今の牛深を支えているのは、このような人たちがいての事だろう

皆さん、どうか是非一度は食べてみる価値ありです。

あ、公志くん、君に一言いうことを忘れた。「誕生日おめでとう」  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:51Comments(0)

2016年08月20日

けんちゃん削りぶし、日本制覇へ

私は、5年前にくんせい蒲鉾の不良品(商品としては出せないもの)をどうしたらいいか、悩んでいた。

「一生懸命作った蒲鉾を、人にくれたり、捨てたりしたらもったいない」ということを常に思っていたが、昔冷蔵庫がなかった時代を思い出した。

軒先に吊るし、削って食べていたことを思い出し、蒲鉾の削り節を考案した。

だが、売り先も無し、試供品が冷蔵庫で寝ているだけだった。

それが、KABの「駅前サタブラ」で取材を受け、毎年10月にある、グランメッセ元気フェスタに出店のオファーがあった。

その時まで削り節の名前はついていなかったが、出展者紹介があるという事で、とっさに削り節に命名した名前が「けんちゃんの削りぶしだよくんせいは」だった。



生放送されたが、すぐ後でディレクターから

「皆さんウケてましたよ」ということをニコニコして伝えられた。

じゃ、これでいこうと思った。



削りぶしの袋詰め作業。これが意外と大変で時間がかかる

それから苦節5年、やっと日の目を見ることになった。

イベントや店頭販売でも、10個も売れなかった商品が、「くまもとSASAERUプロジェクト(Facebookページ)」により、8月25日~31日、東急ハンズメッセで100個の注文があった。

9月2日~13日、福岡の博多大丸で、100個。9月14日~20日、横浜高島屋で200個という発注予定が入った。

大将として予想もしなかった伏兵がいたことは、うかつだったが、大変うれしく思った。

その後が問題である。在庫がなく、干した蒲鉾が間に合わない。しかもシンガポールにもいくことになる。

商工会議所がパスポートを取ったと言うではないか。

それに、高島屋が正月のおせちに、当店のくんせい蒲鉾を使うことが決定され、サンプルを送った。

おいおいケンちゃんどうした。今まで「質流れのケンちゃん」「しのぎのケン」「不整脈のケンちゃん」といろいろ名前で呼ばれてきたが、そういう汚名を返上する時が来た。

オリンピックがあっている今、日本の若手選手が、次々にメダルを取っている。

「けんちゃん、お前も江戸で金メダルを取ってこい」

小欄が一番の理解者だ。ガンバレけんちゃん!


   


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:07Comments(0)

2016年08月18日

小欄の夏休み

我々商売人にとっては、盆・正月はかき入れ時だ。

今年は例年になく13日から仕事が休みになった。20年間で初めてである。

それだけ、世の中が不景気なのかもしれない。

だが、我々は毎日配達とか、注文とか、当店に買いに来てくれる人で、盆休みはなかった。

心配していた冷蔵庫の在庫も、残り少ない。ありがたい事だと思った。



8月16日。同級生から花火大会で、飲みに行かないかと誘われ、「ケンちゃんセッティングを」という事で、海彩館にした。

入り口の席だけしか空いてなかったが、それでも我々は盛り上がった。



8時過ぎたら、花火が打ち上げられ、館内も消灯して、花火がより見える様演出してくれた。






フェリーでも、船上での花火をと企画したらしく、フェリーもお客さんでいっぱいだった。



海彩館の下でもいろいろな催しがあり、船上でもハイヤ踊りなどがあり、帰省客の夏の思い出となれば幸いである。




その後、同級生とは、2次会に行き、



小欄もささやかな盆休みと洒落込んだが、午前様で、病を常とする身にもう一つ病を背負う事になったのは、言うまでもない。懲りない男である。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:24Comments(2)

2016年08月13日

真の友情

毎日オリンピックのニュースが、テレビを独占している。

日本人がメダルを取る場面は、何回見ても飽きない。

その中で、内村航平選手が、ウクライナのベルニャエフ選手を僅差で、逆転し金メダルを取った。

その後の記者会見で、内村選手に「あなたは、審判から好意的に見られているのでは?」という質問が飛んだ。

だが、ベルニャエフ選手は

「今の質問は無駄だと思う」

「航平は、伝説の人物。若手はみんな夢見ている」と

スポーツ報知によれば、喝采を浴びたという。

小欄も、この手の話は大好きだ。

友を得る。それは、自分も友にふさわしい存在になろうと努める必要がある。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:11Comments(0)

2016年08月12日

この暑さには参ってしまう

毎日うだるような暑さだ。

それでも、我々は暑さに耐えて仕事をしなければならない。

外での仕事からすると楽だが、汗、汗、汗の現場だ。

その暑さに、玄関横の冷蔵庫が自動停止しているのに気付いた。

室温5℃設定の冷蔵庫が22℃になっているではないか。

すぐに業者を呼んだ。

中の商品を別の冷蔵庫に移し回復を待った。

室外機のファンの後ろを水で冷やす作業をくり返し行った結果、元の温度に戻った。

しかし、不覚にもその時の写真を撮るのを忘れた。




また、とある水産加工所から、このしろ(コハダ)はいらないかとTELがあり、

「このしろは、あまり原料としては使わないが、お互い捨てるのはもったいない」

ということで、長男を一人向かわせたが、TELで言ってた量よりはるかに多かった。

次に次男も向かわせた。暑いので一刻を争う。

その時の画像がこれだ。



そして今日、冷水機の温度が下がるのが遅いので、また業者さんを呼び、ホースの交換とか部品の洗浄を行った。








蒲鉾屋とは、常に温度との勝負である。

小欄は、貧乏を常としているので、貧乏には耐えることはできるが、この暑さには参ってしまう。

天皇陛下ではないが、体力が低下して、公務を全うすることが出来ない自分がいる。不安だ。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:08Comments(0)

2016年08月08日

シンガポールへ進出!

今日、商工会議所を通じて、シンガポールへ商品を出さないかというオファーがあった。



どうもこの手の会議所の案内は、あまり良い事がなかったような気がしている。

いつもそう思ってはいるが、断れない自分がいることも知っている。

牛深の町工場が、国外で自社商品を売る事は、多くのハードルをクリアしなければならない。

彼らは、それを簡単に思っている。

私は、今年、台湾の旧正月に百貨店で、蒲鉾を売らないかということで、コンサルト会社と共に、県庁職員や台湾のバイヤーを交え、試食を持って商談会に臨んだ。

コンサルト会社曰く、県庁の職員は自分達に丸投げしているらしい。

その時の経験を言わせてもらうと、1本200円位の商品を海外で、何千本売れば利益があるのか。

航空運賃、マネキン、試食、助成金が無し。

赤字であることが、お互いにわかり、中止になった。

その時は、ほっとした。

今日は、常温で売れる「けんちゃんの削りぶし」1商品だけだったが、冷蔵ショーケースを借りられることになり、あと3商品が追加されることになった。



ただ不安なことは、添加物の表示。

アレルギーの表示、その国で使用できない添加物。

それらを英語で表示しなければならない。

そのことを彼らは今日知った。

未知の世界である。後は、手探りで前進あるのみ。



ちなみに

「けんちゃんの削りぶしだよくんせいは」は、このように軒下にくんせい蒲鉾を吊るし、約1か月ほどしてから削られるようになる。






この夏、ビールのつまみには最高だ。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:58Comments(3)

2016年08月04日

囲碁(斬り捨て御免について)

私は、23才過ぎてから、囲碁を覚えた。

ただ碁を打っているだけの人も多いが、碁盤はいろいろと意味が含まれて作られている。

これ碁盤だが、榧の木の四方正目が極上とされている。



そんな碁盤には手も出ないが、碁盤の足に注目していただきたい。



何かの実に似ているでしょう。

これはくちなしの実です。

碁を脇で見ている人は、口出し無用。すなわち、口を出さない→口なしの意味を兼ねて、くちなしの実の形に作られている。

もし横から助言した人が居たら、斬り捨てても罪に問われないという意味合いがある。

その斬り捨てた者の首を乗せるよう、碁盤の中央には血受皿が彫ってある。




私は、戦争は嫌だが、碁盤の上の戦いは、死ぬまで続けるでしょう。






「碁敵は、憎さも憎き、また懐かしきかな」  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:52Comments(2)

2016年08月03日

決戦レッドクリフ(赤壁の戦い)パート3

8/1関東のコンビニ(スリーエフ)で、販売が始まった。

我が軍は、勇敢に戦っているだろうか。

3日たった今でも、まだ戦況が伝わってこない。

もう2,3日待ってみるとしよう。

我々は、次の援軍を送るために、雨にも負けず、そして夏の暑さにも負けず頑張っている。

今日の工場内の暑さは33.4℃だった。







湿度も高かったが、窓を開けるわけにはいかなかった。

午前中、急に体がおかしくなってきた。心拍数が上がった。

皆には悪いが、少し椅子に座り、体を休ませた。

目を閉じながら、「もう年かなー」と思った。

時間は待ってはくれない。

この暑いのに、火を焚かなければならない。

47年もこの仕事をやっていると、体は仕事をしながら治していくしかないと、わかっている。

幸い私には、両翼に関羽、張飛がいる。安心して戦いができる。

従業員をはじめ、皆よく頑張ってくれる。

私は幸せ者だ。

  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:24Comments(0)

2016年07月27日

レッドクリフ(赤壁の戦い)パート2

7月27日、今日(株)スリーエフ(関東のコンビチェーン)に向けて先鋒隊を送り出した。




(株)スリーエフとは、九州では、あまりなじみのないコンビニだが、先の熊本地震で、熊本を支援しようという会社の方針で、天草市を通じてまとまった話である。

ありがたいことだ。

肥後の国の端、牛深の片田舎の町工場が江戸のコンビニ(本社は神奈川県だけど)で売り出すことは、とても恐れ多いことだと思う。

熊本の特産品として、辛子レンコンや、馬刺しなどがあるが、その次にくんせい蒲鉾が、熊本県の特産品になることが私の願望である。

正に、赤壁の戦い(関東進出)は「当店の興廃、この一戦にあり」である。

決戦は8月1日だが、その前哨戦も7月29日あります。

その時は、くまモンも来て商品紹介をするイベントもあるそうです。


追伸、そのスリーエフから、業界紙「みなと新聞」にこのことを新聞でPRしてほしいということで、みなと新聞の「東京支社」からTELがあった。

当社として、もちろん断る理由はない。

これが、みなと新聞の7月21日の記事である。





私たちは、一歩ずつだが、確実に前進している。今日の先鋒隊と同じ、後退は許されない。

次回8月1日が決戦だ。今からワクワクしている。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:01Comments(3)

2016年07月19日

決戦レッドクリフ(赤壁の戦い)

私は、蘭には全然興味はなかった。

昨年嫁が、誕生日に蘭もらったのだが、我々は育てきれなかったので、枯らしてしまうのも可哀想と思い、従業員の人にあげた。

そしたら、今年の3月に花が咲きましたと、言って持ってきてくださった。

それがこれです。



蘭とは全く無縁の小欄だが、感激した。

木々花々は、身分を問わず、自分を育ててくれる人だけに、美しく咲き、すくすくと大きくなることで、感謝の意を込めているのだろうということが、心に伝わる。




この蘭の名前はに驚かされた。

「レッドクリフ」あの三國志で有名な赤壁ではないか、その名前に素晴らしいと思った。

今日、天草宝島物産公社から、関東のコンビニで当店のくんせい蒲鉾、柚子胡椒入りの揚げ蒲鉾が売られることになった。

「(株))スリーエフ」というコンビニである。

数か月前からローソンとの商談もあったが、熊本地震でその後どうなったか連絡がない。

まずは、関東進出ということで、当店の士気が上がった。

7月27日、8月1日に決戦があるので、その時に戦況を伝えます。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:32Comments(2)

2016年07月17日

海族祭と地震雲

久しぶりのブログ復帰だ。

年をとると、あっちこっちと体に支障が出てきて生命維持活動に専念しなければならない。

お国にささげた体、もしもの時、風邪を引いて動けかなかったら、天皇陛下に申し訳が立たない。だから、病院をハシゴだった。



今日、牛深で、海族祭があった。

英太郎、上田の兄貴ほかいろいろと熊本の芸能人が来て盛り上がっていた。

我らが、3時過ぎに行ったら、ほとんどの出店業者は完売して、飲み物ばかりだった。会場の風景はこの様でした。




今月から、我々牛深ハイヤ産直隊に入隊が決まった吉永製パンも出店していた。

ブリドッグという新製品を出していた。





私は食べたことがないが、うわさは聞いていた。

彼は、この衰退した牛深で、兄弟でパン作りの後継者としての修業をしつつ、牛深の新しいイベントを若者の力でいろいろやっている。

やっとそういう若者が出て来たなと、心から嬉しく思っている。



追伸
今夜地震雲が出ているとTELがあった。

私も熊本地震があるまでは全く知らなかった。4月14日午後9時20分、熊本地震があった。

その翌日、私の友達が、「貝川さん、昨日夕方仕事が終わって帰る途中、崎津方向に今まで見たことのない雲を見た。」という。

「どんよりとして、その部分だけが暗くて海と空の境がない状態だった」と。

その後、彼と一緒に車に乗ろうとしたとき、西の空に奇妙な雲を見た。その写真がこれだ。




親戚の話によると、明日の午前9時くらいに起きるらしい。

おのおの方、十分気を付けられよ!
  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:24Comments(0)

2016年07月01日

ご連絡

皆様ご無沙汰をしております。

しばらくの間、ブログの更新をしておりませんでした。

今日、父から、

自分の体調が万全でないため、まずは体を回復させることを優先している。

という言葉をいただきました。


ブログのネタがないというのもあったりしますが、歯の治療や膝の治療などで、ブログの記事を考えられないということでしょう。

ならば、私の出番なのでしょうが、今現在私も体調を崩しております。

近いうちに再開したいと考えていますが、もう少しだけ、記事更新を休ませていただきます。



そこまで、重病ではないですので、心配は不要です。



  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 21:52Comments(0)

2016年05月31日

メロスは激怒した

5月18日、商工会議所から、福岡市役所で6月3日~5日までの3日間、熊本地震の復興支援を兼ねてイベントに出店しないかと、オファーがあった。

5月20日までに申し込みをしてくださいと。

今日の明日ではないか、助成金も出るということで、すぐに申し込みのFAXをした。

県からの申込書は、19日に着いた。

天草市から5業者が、出店するようになった。

後で申し込み内容をよく見たら、旅費の1/2を負担する。その他の備品リース料は自己負担と書いてあった。

それを今日改めて読むまでは、知らなかった。

上限10万円までと書いてあるので、半分は出るだろうと思っていた。

旅費の半分しか出ないという。

私の中では、被災地を見て、「やっと県が動き出したか」と思い、いち早く名乗りを上げたが、3日間の経費を計算してみると、10万円位の経費が掛かることが分かった。

出店するだけで赤字である。

しかも配置も決まっていないというじゃないか。

メロスは激怒した。なんだこれは!

出店業者には、負担をかけ、自分たちは福岡から熊本を支援すると言う。うたい文句だが、全国から多くの支援が来ているじゃないか。

むしろ、熊本県は動くのが遅れている。

「すみませんが、経費は県が持ちますので、急々ですが、出店してもらえませんか」というのが筋だろう。

今日、当店は出店を辞退した。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:53Comments(0)

2016年05月23日

義援金の呼びかけ

昨日、我々牛深ハイヤ産直隊は、とれたて市場で、熊本地震の被災者へ送る義援金の募金活動を行った。


牛深から、ハイヤ踊り保存会(桃の会)の皆さんも、友情出演して下さった。

午前10時と、午後1時と2回演舞された。

館内放送で、このイベントの趣旨が放送されると、お客様方々が外に出てこられ、踊りが始まった。

この日は、各小学校の運動会も重なり、いまいちの集客だった。

若い高校生のハイヤもいいが、熟年のハイヤ踊りも味わいがあっていいものだ。








踊りの間、募金を呼びかけた。






お客様も募金に協力して下さり、大変ありがたいことだと感謝しています。



どこかくまモンに似ている産直隊くまモン3兄妹の面目躍如だった。



今日、熊日新聞牛深支所に全額持っていき感謝された。

明日か、明後日の熊日新聞に掲載されるとのことでした。

我々、生き残った者は、少しずつでも復興への支援の輪を広げていかなければならない。

桃の会の皆さま、暑い中本当にありがとうございました。



追伸
募金箱に熊本地震と書かなかったことが、痛恨の極みだ。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:11Comments(2)

2016年05月21日

告知『明日とれたて市場で』

明日、ハイヤ産直隊が、本渡のとれたて市場で、熊本地震の義援金募集の活動をします。

ハイヤ踊りの桃の会も、朝10時と昼1時で公演します。

まず、各市町村から、イベントを少しずつやって、熊本を元気づける足掛かりにならなければならない。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:08Comments(0)

2016年05月16日

敗残の将、兵を語らず

昨日、肥後本因坊戦に行った。2度目である。



会場には、ご常連の顔ぶれも多数見られた。



熊日新聞の方のご挨拶の中で

「震災後、多くのイベントが中止になったが、この本因坊戦は県内で最初のイベントになります。」

とあった。

これをきっかけに、各市町村で多くのイベントが復活してほしい。

それが熊本が元気になる早道だろう。

本因坊戦の結果は、今日の熊日新聞に掲載されていますが、私は初戦敗退しました。





どこか自分に気のゆるみがあったのだろうと思う。

牛深に帰って、仲間に敗戦の報告をした。

「何のご奉公もできず、おめおめと帰って参りました。」

と、その後本因坊戦を酒の肴に、残念会が開かれました。



そして、飲みながら、2人を相手に5局打ちました。

内心、よほど悔しかったんだろう。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:25Comments(0)

2016年05月14日

決戦肥後本因坊戦

明日は、肥後本因坊戦である。

一昨年前のように気負いはない。

我々は、朝6時からを起きて、3時間かけて試合会場にいかなければならない。

市内の人たちとは、そこのところがハンデがある。

ただ目標は、1回戦を突破するのみである。

牛深人の心意気を見せてやる。

次回の記事をこうご期待。
  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:44Comments(1)

2016年05月13日

交通事故発生、現場より

昨日、松本内科で薬を貰う為に診察を終えて、会計をしていると、院内のスタッフが救急車を呼んでくれと駆け込んできた。

何事かと外を見たら、追突事故のようである。



まだ誰もいない。ミニバイクのそばに男の人が倒れているだけだ。それから人々が増えて来た。





まもなく救急車がきて倒れている男性に声をかけていた。男性は全く動かない。大丈夫だろうか、と不安がつのる。



そこへ、国家権力の白黒の車が到着した。

ヤバいと思い、日蔭育ちの私は、その場を立ち去ることにした。

そしたら、今日も12時頃、総合体育館近くで交通事故があった。



被災地でない方々は身近な交通事故にも十分注意しなければならない。

どちらの事故も無事であることを祈る。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 21:51Comments(0)

2016年05月11日

後悔

3月末、小欄で山都町(旧矢部町)の軽トラ市で、ケンタウロスの山車をみて

「ケンタウロスよ百鬼夜行の世をしかれ」と書いた。

そしたら、4月に熊本地震が起きてしまった。それを書かなければ良かったと今も後悔している。

昨日、昼間、「ピカッ」と稲妻と共に雷鳴がとどろいた。

「これはきっと神様が被災地の写真を撮られたのだ」と思った。

神の国で十分検討され、この辺でどうか矛先をおさめてほしい。

もし天罰があるなら、オレオレ詐欺、振り込め詐欺、我々の老後年金を減らした社会保険庁、火事場泥棒など、このようなやからに当たってほしいものだ  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:42Comments(2)

2016年05月05日

端午の節句

今日、5月5日は端午の節句である。

文献によると、古来邪気を払うため、菖蒲や蓬を軒に挿し、粽や柏餅を食べる。

菖蒲と尚武(軍事を重んずること)の音通もあって、近世以降は男子の節句とされ、甲冑・武者人形などを飾り、庭前に幟旗や鯉幟を立てて男子の成長を祝うと記されている。

しっかり寝て食べて大きくなる。子供にとって一番大切なことである。

「安心して眠れるように子供を危険から守り、ひもじい思いをさせない」と言う親の本分は、今も昔も変わらないだろう。

工場の前の岸谷さん家に昨年末、男の子が誕生した。

かわいい鯉幟が立っている。



今日は、嫁のふんぱつで端午の節句を家族で祝った。

宇土の隠れ家の女将さんから頂いた、越の初梅でのどを潤す。





28年前の節句を思い浮かべながら、菖蒲湯に浸かって邪気を払うことにした。


事情通の話

「この人は、菖蒲湯に浸かっただけでは、未だ邪気を払えない人である。」  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:30Comments(0)