2016年09月27日

秋刀魚

今日は、朝5時からの仕事だったが、6時過ぎ外を見たら、えらい明るい色が見えたので、出てみたら、朝焼けだった。

これが、その光景だ。「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ」とは昔のギャグだった。




朝焼けの時は、雨が降ると言う。確かにそうだ。午後3時過ぎ、友達にTELしたら、「こちらはどしゃぶりだ」と言う。

天気予報の無い時代、昔の人は、何十年もの経験で天気を予報したと。それが代々と現代に伝わり、朝焼けの時は雨、夕焼けの時は晴れと親から言い伝えられていたのは、本当だった。


彼岸も過ぎ、秋到来の今日この頃、本日の食卓は、秋刀魚と栗ご飯だ。






秋刀魚は、庶民の味。秋の風物詩だが、現在は中国や台湾の乱獲により、値段が上がっている。痩せて、脂ものっていないが、旬のものを食べる。それが、日本人だ。

「中国や台湾人よ、いくら公海だからと言って、根こそぎ獲るな!人ってものは、少しは遠慮するものだ。」

と怒り心頭だが、秋刀魚をつまみに、その怒りを酒で流す、秋の夕暮れ。

  


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2016年09月21日

ミニハイヤ、雨天決行

9月18日、ミニハイヤ祭があった。

熊本地震で中止になったハイヤ祭を青年会議所を中心に熊本復興支援の一環として、規模を小さくして行うとの事だった。

我が「牛深ハイヤ産直隊」にも、オファーがあった。

産直隊は牛深でのイベントはあまり出店しないが、今回牛深に残っている若者たちが中心にやるとの事で、我々産直隊の「後継者を育てる」という趣旨にあっている。

出店できる人はできるだけ出るようにと、申し合わせた。



当日午前中は、雨だった。会場も閑散たるものだったが、



昼から雨も上がり、ミニハイヤ祭が行われた。





祭終了後、お客さんも集まってきた。





「売り上げは?」と聞かれても、「売り上げはその時の運」と言わざるを得ない。

決して主催者を責めるものであってはならない。

初めてのミニハイヤ、皆手探りでの事である。

無事終わったが、反省材料も多くあったはず、これをきっかけに、牛深に残っている若い後継者が、さらに一歩踏み出すことを願ってやまない。



訂正をお詫び
前回、茂串の綱引きは100年の伝統があると、書いたが、400年以上の歴史があると聞いた。

訂正してお詫びします  


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2016年09月15日

中秋の迷月

7月に関東のコンビニ(株)スリーエフに納品することが出来た。

ずっと取引ができると思っていたが、一過性の事だったことは、前のブログで書いた。

そのスリーエフから、注文が入った。

練り製品は続けてみようということだったのだろう。ありがたい事だ。

今日、二度目の出荷をした。その時の写真を今回撮り忘れて、ブログに載せることが出来ないことに気付いた。

ヤマト運輸にお願いして、撮らせてもらった。



馬鹿だネー、この男!


話は変わって、今日は中秋の名月。

牛深の茂串地区では、伝統の十五夜の綱引きが行われる。



百年前後の伝統だと聞く。

若い頃は、ごちそうに呼ばれたり、綱を引いたりして、十五夜を楽しんだ思い出がある。



昔は、藁を練ってそれを数日海水につけ当日に臨んだのだ。

でも今は、このように漁をするときの網を束ねて、その横に引っ張りやすく強いロープがくくってある。



幸い今日は、雲で見られないと思っていた月も、朧月夜だ。



午後8時の最終バスが通った後、綱引きが行われる。

数十年前が思い出される。

質素ではあるが、このような伝統行事が、これからもずっと茂串地区の子どもたちに引き継がれていくことが、将来の牛深の町興しにつながることだと思う。  


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2016年09月09日

2017高島屋おせちカタログ

昨日、フードアンドパートナーズから2017年、高島屋のおせちカタログが送られてきた。

今年は過去最多の850種だと聞いた。

苦節50余年、あの高島屋のカタログにくんせい蒲鉾が選ばれるとは、思ってもいなかった。快挙である。

これが熊本おせちのカタログです。1000個作られるそうだ。





9月28日から、予約が開始される。即日完売を目指しているという。

売れ行き次第では、あと500個追加になるとの事。

それまで私の身の回りに不安なことが何も起こらないことを祈る。

ちなみに関西と鶴屋百貨店にもカタログが配送されているとのことです。  


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2016年09月08日

棋譜、熊日新聞に載る

熊日新聞の8/31、9/3、9/5で4月に行われた、肥後本因坊天草予選での私の棋譜が新聞に掲載された。

どんな囲碁好きでも、新聞に3日間掲載されたという事は、そう滅多にない。

それがこの棋譜です。






負けた碁は見たくないが、勝ってる棋譜は何度見ても飽きない。あの時こう打たれていたらとか、ここはこう受けなければいうその時の臨場感が蘇ってきて、反省することも多い。




この二人は碁仲間だが、



この男が、仕事を転職し、7月に熊本に出ていった。

彼は去年の肥後本因坊の天草代表である。

今どうしているかもわからない。

心配はしていない。奴の事だ、道場破りして看板の2,3ぶら下げて手土産にひょこっと帰ってくるかもしれない  


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2016年09月07日

秋のたより

心配していた台風もそれほど被害もなく、お百姓さんたちにとって恵みの雨だっただろう。

北海道や、岩手の人たちのことを思うと言葉を慎みたい。

台風当日、牛深港は、嵐の前の静けさだ。






今日は、珍客が当店を訪れてくれた。




「弁慶蟹」だ。幼少の頃は、よく見かけていたが、近年珍しい。

時々当店にはヘビとか蟹とかオニヤンマとか、珍客が訪れている。

それだけ、まだ牛深に自然がのこっているのだろうか

それとも、彼らが当店を選んでくるのか、それは定かではない。


一昨日、高校の時の担任の先生から、栗が届いた。

生々しい立派な栗だ。




去年の台風で、栗の木が倒れてこれが最後になるかもしれないと電話での話を覚えている。

しかし今年も送ってもらえるとは、思ってもいなかった。

ありがたい事である。

さっそく栗ご飯を炊き、初物だから神様、仏様にも上げさせてもらった。



「近年、栗の木の草刈りもままならぬ体になってきた。」

と、そんな体になっても送ってくれる野田先生、「ありがとう」  


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2016年09月03日

台風12号接近

台風12号が九州に接近している。

この近年台風らしいは、台風は来ていなかったが、今回は直撃だろう。

港には多くの漁船が所狭しと避難している。



水産庁の監視船「海星」が、監視のため荒海に出航していく。




当店も仕事が終わってから、台風襲来に備えた。


片付け前


片付け後




自然の猛威は、洋の東西に関わらず、大きな打撃を与えている。

今年の日本は、列島全体が被害を受けている。

どこも安住の地はない。生きのびる以外はないだろう。

北海道と岩手県のニュースは、真新しい。

県民よ、直撃に備えよ!

「備えあれば憂いなし」  


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2016年08月31日

なんと、高島屋のおせちに…

昨日は、東京から、フードアンドパートナーと言う会社の人が、ご挨拶に来られた。





4月に震災を受けた熊本を支援しようと、あの有名な高島屋さんが、今年のおせちに熊本の食材を使った

「熊本おせち」を発売することになった。

牛深から、当店と原蒲鉾店が決まった。

そのおせちの想定写真がこれです。




天下の高島屋さんのおせちに、当店のくんせい蒲鉾が末席においてもらえるとは、非常に光栄なことである。

人間は、日々正直に生きていれば、良い事がある。それにつきる。


そして、今日の熊日新聞に、肥後本因坊戦での私の棋譜が載っています。




これが、あと2回くらい載りますので、もしよかったら見てください  


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2016年08月28日

値上げ陳情珍道中

今日は、久しぶりフェリーに乗った。



行く先は、水俣の水光社だ。



値上げ陳情の旅である。

10年以上値上げしていなかったので、それが当社の経営を圧迫していた。

水光社に話し合いに行く途中、駅の踏切で、天草では見ることのできない電車と踏切の写真を撮ることが出来た。



都道府県では珍しくない光景だが、小欄にはスクープであった。

値上げの交渉もうまくいき、帰ることになったが、嫁のいとこが昨年亡くなったと、今年知り、帰る途中お参りに行くことにした。

連尺野という所に、家はあるという。



ところが、嫁の記憶は、あてに出来ないことは知っていたが、ここだろうと思って着いた所が、それらしき家だった。

嫁は確信をもって、ピンポンを鳴らし「すみません。仏さまに参らせて下さい」と言った。

出てきて対応してくれた人に、お母さんはと聞く嫁。今畑に行ってますが、すぐ帰ってくるでしょうとの事。

そして嫁曰く「マコちゃんは元気してる?」と聞くと、「うちにはマコちゃんという名前の人はいません」と、この人は初めて自分が訪ね求めている家じゃないことを知った。

自分の弟に電話して、探している相手先のTELを聞き、やっと目的地に着いた。

私も一度だけ行ったことはあるが、確かに似ていた。

そこを降りて県道に出ると、迎えの車が来ていた。やっと、無事に目的地に着いた。





つもる話に花が咲いた。すろと、犬たちが吠え出し、誰かが来たようだ。

家の人が誰だろうと、対応に出たら、村の駐在さんだったらしい。「なぜ?」と不安がよぎる。

話は聞いていないが、我々が数十分前に間違えて人の家を訪ねたことかもしれない。

「不審な二人連れが、村に入り込んだらしい。十分気を付けるよう」だったかもしれない。

「しまった」と思った。こういう村は、鳴子が張りめぐらされ、見知らぬ他人がこの土地に入り込むと、皆、警戒するよう情報の伝達が整備されているかもしれない。

お参りして、最終のフェリーに間に合うよう、一路蔵之元港を目指した。

幸い6時のには、間に合わなかったが、長島の夕日を撮りながら港を目指した。






途中、従兄の家に寄ったら、出港まで1時間はある、ビールでもと言って、本物のビールを出してくれた。



断ろうと思ったが、運転は嫁がするし、断る理由を見つけられなかった。





意志が弱い小欄は、ごちになった。気を取り直し、やっと最終のフェリー発着所に着いた。



暑く長い一日は終わった。  


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2016年08月24日

息子の誕生日

昨日は、次男の誕生日で、家族でささやかなお祝いをしようと、イタリアへ出かけた。

久しぶりである。

毎日刺身があればいいと思っている小欄には、たまにはイタリアンも食べたいと思うひそかな期待があった。

マスターが気持ちよく料理を出してくれた。

日中の暑さ、仕事を終えてから飲む生ビールは最高だ。

仕事の能率を上げる為にも休息は必要だと思ふ。

生ハムの塩分が汗をかいた後の体に、力を与えてくれた。「うまい!」





この店の名は「ラ・モト」イタリアンの店である。

マスターと記念ショットを撮らせてもらった。





彼は私が20代の頃、小学生に絵を教えていた時の生徒だった。

彼曰く「自分の料理を通して、地元牛深の力になれば」という思いで、帰って来たらしい。

職種は違うが、牛深を思う気持ちは同じである。

今の牛深を支えているのは、このような人たちがいての事だろう

皆さん、どうか是非一度は食べてみる価値ありです。

あ、公志くん、君に一言いうことを忘れた。「誕生日おめでとう」  


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2016年08月20日

けんちゃん削りぶし、日本制覇へ

私は、5年前にくんせい蒲鉾の不良品(商品としては出せないもの)をどうしたらいいか、悩んでいた。

「一生懸命作った蒲鉾を、人にくれたり、捨てたりしたらもったいない」ということを常に思っていたが、昔冷蔵庫がなかった時代を思い出した。

軒先に吊るし、削って食べていたことを思い出し、蒲鉾の削り節を考案した。

だが、売り先も無し、試供品が冷蔵庫で寝ているだけだった。

それが、KABの「駅前サタブラ」で取材を受け、毎年10月にある、グランメッセ元気フェスタに出店のオファーがあった。

その時まで削り節の名前はついていなかったが、出展者紹介があるという事で、とっさに削り節に命名した名前が「けんちゃんの削りぶしだよくんせいは」だった。



生放送されたが、すぐ後でディレクターから

「皆さんウケてましたよ」ということをニコニコして伝えられた。

じゃ、これでいこうと思った。



削りぶしの袋詰め作業。これが意外と大変で時間がかかる

それから苦節5年、やっと日の目を見ることになった。

イベントや店頭販売でも、10個も売れなかった商品が、「くまもとSASAERUプロジェクト(Facebookページ)」により、8月25日~31日、東急ハンズメッセで100個の注文があった。

9月2日~13日、福岡の博多大丸で、100個。9月14日~20日、横浜高島屋で200個という発注予定が入った。

大将として予想もしなかった伏兵がいたことは、うかつだったが、大変うれしく思った。

その後が問題である。在庫がなく、干した蒲鉾が間に合わない。しかもシンガポールにもいくことになる。

商工会議所がパスポートを取ったと言うではないか。

それに、高島屋が正月のおせちに、当店のくんせい蒲鉾を使うことが決定され、サンプルを送った。

おいおいケンちゃんどうした。今まで「質流れのケンちゃん」「しのぎのケン」「不整脈のケンちゃん」といろいろ名前で呼ばれてきたが、そういう汚名を返上する時が来た。

オリンピックがあっている今、日本の若手選手が、次々にメダルを取っている。

「けんちゃん、お前も江戸で金メダルを取ってこい」

小欄が一番の理解者だ。ガンバレけんちゃん!


   


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2016年08月18日

小欄の夏休み

我々商売人にとっては、盆・正月はかき入れ時だ。

今年は例年になく13日から仕事が休みになった。20年間で初めてである。

それだけ、世の中が不景気なのかもしれない。

だが、我々は毎日配達とか、注文とか、当店に買いに来てくれる人で、盆休みはなかった。

心配していた冷蔵庫の在庫も、残り少ない。ありがたい事だと思った。



8月16日。同級生から花火大会で、飲みに行かないかと誘われ、「ケンちゃんセッティングを」という事で、海彩館にした。

入り口の席だけしか空いてなかったが、それでも我々は盛り上がった。



8時過ぎたら、花火が打ち上げられ、館内も消灯して、花火がより見える様演出してくれた。






フェリーでも、船上での花火をと企画したらしく、フェリーもお客さんでいっぱいだった。



海彩館の下でもいろいろな催しがあり、船上でもハイヤ踊りなどがあり、帰省客の夏の思い出となれば幸いである。




その後、同級生とは、2次会に行き、



小欄もささやかな盆休みと洒落込んだが、午前様で、病を常とする身にもう一つ病を背負う事になったのは、言うまでもない。懲りない男である。  


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2016年08月13日

真の友情

毎日オリンピックのニュースが、テレビを独占している。

日本人がメダルを取る場面は、何回見ても飽きない。

その中で、内村航平選手が、ウクライナのベルニャエフ選手を僅差で、逆転し金メダルを取った。

その後の記者会見で、内村選手に「あなたは、審判から好意的に見られているのでは?」という質問が飛んだ。

だが、ベルニャエフ選手は

「今の質問は無駄だと思う」

「航平は、伝説の人物。若手はみんな夢見ている」と

スポーツ報知によれば、喝采を浴びたという。

小欄も、この手の話は大好きだ。

友を得る。それは、自分も友にふさわしい存在になろうと努める必要がある。  


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2016年08月12日

この暑さには参ってしまう

毎日うだるような暑さだ。

それでも、我々は暑さに耐えて仕事をしなければならない。

外での仕事からすると楽だが、汗、汗、汗の現場だ。

その暑さに、玄関横の冷蔵庫が自動停止しているのに気付いた。

室温5℃設定の冷蔵庫が22℃になっているではないか。

すぐに業者を呼んだ。

中の商品を別の冷蔵庫に移し回復を待った。

室外機のファンの後ろを水で冷やす作業をくり返し行った結果、元の温度に戻った。

しかし、不覚にもその時の写真を撮るのを忘れた。




また、とある水産加工所から、このしろ(コハダ)はいらないかとTELがあり、

「このしろは、あまり原料としては使わないが、お互い捨てるのはもったいない」

ということで、長男を一人向かわせたが、TELで言ってた量よりはるかに多かった。

次に次男も向かわせた。暑いので一刻を争う。

その時の画像がこれだ。



そして今日、冷水機の温度が下がるのが遅いので、また業者さんを呼び、ホースの交換とか部品の洗浄を行った。








蒲鉾屋とは、常に温度との勝負である。

小欄は、貧乏を常としているので、貧乏には耐えることはできるが、この暑さには参ってしまう。

天皇陛下ではないが、体力が低下して、公務を全うすることが出来ない自分がいる。不安だ。  


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2016年08月08日

シンガポールへ進出!

今日、商工会議所を通じて、シンガポールへ商品を出さないかというオファーがあった。



どうもこの手の会議所の案内は、あまり良い事がなかったような気がしている。

いつもそう思ってはいるが、断れない自分がいることも知っている。

牛深の町工場が、国外で自社商品を売る事は、多くのハードルをクリアしなければならない。

彼らは、それを簡単に思っている。

私は、今年、台湾の旧正月に百貨店で、蒲鉾を売らないかということで、コンサルト会社と共に、県庁職員や台湾のバイヤーを交え、試食を持って商談会に臨んだ。

コンサルト会社曰く、県庁の職員は自分達に丸投げしているらしい。

その時の経験を言わせてもらうと、1本200円位の商品を海外で、何千本売れば利益があるのか。

航空運賃、マネキン、試食、助成金が無し。

赤字であることが、お互いにわかり、中止になった。

その時は、ほっとした。

今日は、常温で売れる「けんちゃんの削りぶし」1商品だけだったが、冷蔵ショーケースを借りられることになり、あと3商品が追加されることになった。



ただ不安なことは、添加物の表示。

アレルギーの表示、その国で使用できない添加物。

それらを英語で表示しなければならない。

そのことを彼らは今日知った。

未知の世界である。後は、手探りで前進あるのみ。



ちなみに

「けんちゃんの削りぶしだよくんせいは」は、このように軒下にくんせい蒲鉾を吊るし、約1か月ほどしてから削られるようになる。






この夏、ビールのつまみには最高だ。  


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2016年08月04日

囲碁(斬り捨て御免について)

私は、23才過ぎてから、囲碁を覚えた。

ただ碁を打っているだけの人も多いが、碁盤はいろいろと意味が含まれて作られている。

これ碁盤だが、榧の木の四方正目が極上とされている。



そんな碁盤には手も出ないが、碁盤の足に注目していただきたい。



何かの実に似ているでしょう。

これはくちなしの実です。

碁を脇で見ている人は、口出し無用。すなわち、口を出さない→口なしの意味を兼ねて、くちなしの実の形に作られている。

もし横から助言した人が居たら、斬り捨てても罪に問われないという意味合いがある。

その斬り捨てた者の首を乗せるよう、碁盤の中央には血受皿が彫ってある。




私は、戦争は嫌だが、碁盤の上の戦いは、死ぬまで続けるでしょう。






「碁敵は、憎さも憎き、また懐かしきかな」  


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2016年08月03日

決戦レッドクリフ(赤壁の戦い)パート3

8/1関東のコンビニ(スリーエフ)で、販売が始まった。

我が軍は、勇敢に戦っているだろうか。

3日たった今でも、まだ戦況が伝わってこない。

もう2,3日待ってみるとしよう。

我々は、次の援軍を送るために、雨にも負けず、そして夏の暑さにも負けず頑張っている。

今日の工場内の暑さは33.4℃だった。







湿度も高かったが、窓を開けるわけにはいかなかった。

午前中、急に体がおかしくなってきた。心拍数が上がった。

皆には悪いが、少し椅子に座り、体を休ませた。

目を閉じながら、「もう年かなー」と思った。

時間は待ってはくれない。

この暑いのに、火を焚かなければならない。

47年もこの仕事をやっていると、体は仕事をしながら治していくしかないと、わかっている。

幸い私には、両翼に関羽、張飛がいる。安心して戦いができる。

従業員をはじめ、皆よく頑張ってくれる。

私は幸せ者だ。

  


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2016年07月27日

レッドクリフ(赤壁の戦い)パート2

7月27日、今日(株)スリーエフ(関東のコンビチェーン)に向けて先鋒隊を送り出した。




(株)スリーエフとは、九州では、あまりなじみのないコンビニだが、先の熊本地震で、熊本を支援しようという会社の方針で、天草市を通じてまとまった話である。

ありがたいことだ。

肥後の国の端、牛深の片田舎の町工場が江戸のコンビニ(本社は神奈川県だけど)で売り出すことは、とても恐れ多いことだと思う。

熊本の特産品として、辛子レンコンや、馬刺しなどがあるが、その次にくんせい蒲鉾が、熊本県の特産品になることが私の願望である。

正に、赤壁の戦い(関東進出)は「当店の興廃、この一戦にあり」である。

決戦は8月1日だが、その前哨戦も7月29日あります。

その時は、くまモンも来て商品紹介をするイベントもあるそうです。


追伸、そのスリーエフから、業界紙「みなと新聞」にこのことを新聞でPRしてほしいということで、みなと新聞の「東京支社」からTELがあった。

当社として、もちろん断る理由はない。

これが、みなと新聞の7月21日の記事である。





私たちは、一歩ずつだが、確実に前進している。今日の先鋒隊と同じ、後退は許されない。

次回8月1日が決戦だ。今からワクワクしている。  


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2016年07月19日

決戦レッドクリフ(赤壁の戦い)

私は、蘭には全然興味はなかった。

昨年嫁が、誕生日に蘭もらったのだが、我々は育てきれなかったので、枯らしてしまうのも可哀想と思い、従業員の人にあげた。

そしたら、今年の3月に花が咲きましたと、言って持ってきてくださった。

それがこれです。



蘭とは全く無縁の小欄だが、感激した。

木々花々は、身分を問わず、自分を育ててくれる人だけに、美しく咲き、すくすくと大きくなることで、感謝の意を込めているのだろうということが、心に伝わる。




この蘭の名前はに驚かされた。

「レッドクリフ」あの三國志で有名な赤壁ではないか、その名前に素晴らしいと思った。

今日、天草宝島物産公社から、関東のコンビニで当店のくんせい蒲鉾、柚子胡椒入りの揚げ蒲鉾が売られることになった。

「(株))スリーエフ」というコンビニである。

数か月前からローソンとの商談もあったが、熊本地震でその後どうなったか連絡がない。

まずは、関東進出ということで、当店の士気が上がった。

7月27日、8月1日に決戦があるので、その時に戦況を伝えます。  


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2016年07月17日

海族祭と地震雲

久しぶりのブログ復帰だ。

年をとると、あっちこっちと体に支障が出てきて生命維持活動に専念しなければならない。

お国にささげた体、もしもの時、風邪を引いて動けかなかったら、天皇陛下に申し訳が立たない。だから、病院をハシゴだった。



今日、牛深で、海族祭があった。

英太郎、上田の兄貴ほかいろいろと熊本の芸能人が来て盛り上がっていた。

我らが、3時過ぎに行ったら、ほとんどの出店業者は完売して、飲み物ばかりだった。会場の風景はこの様でした。




今月から、我々牛深ハイヤ産直隊に入隊が決まった吉永製パンも出店していた。

ブリドッグという新製品を出していた。





私は食べたことがないが、うわさは聞いていた。

彼は、この衰退した牛深で、兄弟でパン作りの後継者としての修業をしつつ、牛深の新しいイベントを若者の力でいろいろやっている。

やっとそういう若者が出て来たなと、心から嬉しく思っている。



追伸
今夜地震雲が出ているとTELがあった。

私も熊本地震があるまでは全く知らなかった。4月14日午後9時20分、熊本地震があった。

その翌日、私の友達が、「貝川さん、昨日夕方仕事が終わって帰る途中、崎津方向に今まで見たことのない雲を見た。」という。

「どんよりとして、その部分だけが暗くて海と空の境がない状態だった」と。

その後、彼と一緒に車に乗ろうとしたとき、西の空に奇妙な雲を見た。その写真がこれだ。




親戚の話によると、明日の午前9時くらいに起きるらしい。

おのおの方、十分気を付けられよ!
  


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