2017年06月25日

28連勝は通過点

将棋の藤井聡太四段がとうとう28連勝という新記録を樹立した。おめでとう。やったぁー!




とそのニュースを見ながら、友人と祝杯をあげた。




そして、インタビューの中で、「自分の実力からすると、僥倖としか言いようがない」との発言が、注目された。

無学の小欄は、初めて聞いた言葉で、読めと言われても、読めない漢字である。

大器になる人は、少年の頃から、その片鱗が垣間見られる。

そこへいくと、田舎で道場破りをしているとブログで書く輩は、恥を知るべきだ。恥ずかしい。




今や、囲碁や将棋のソフトが普及し、人工知能がプロ棋士に勝つ時代だ。私はソフトと対戦したことはないが、プロでもアマでも、生身の人間が、お互いに最善の一手を探し、しのぎを削ってこそ、感動が生まれる。

だが、28連勝の陰で、「神武以来の天才」との称号を持つ、将棋界最年長の加藤一二三九段が最後の対局に敗れ引退されたことも、忘れてはいけない。

勝負の世界は、常に光と影がつきまとう。

いや、人生においてもや。  


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2017年06月18日

「打倒貝川」に燃える河浦囲碁会

将棋界に、今スーパースターが誕生している。

藤井聡太(14歳)である。プロデビューから27連勝で、歴代2位、毎日マスコミで報道される。

こうなったら、何が何でも新記録を達成してもらいたい。将棋ファンはもちろんの事、日本全国民が応援しているに違いない。

対戦相手は、相当のプレッシャーがかかるだろう。

その将棋界のニュースに刺激されたのか、小欄も囲碁を始めた。河浦町の友人から「貝川さん、毎週月曜日と金曜日の午後から、河浦支所で、囲碁愛好家が集い、打っていますよ。よかったら来てください。」との事だった。

5月の下旬位から、見学させてくださいと言って、門をたたいた。




4,5名ほどおられた。「一局教えてもらえないでしょうか」と言って、3名ほどと対局した。久々の碁を打ってて、とても楽しかった。





その後、3回4回と顔出すようになったら、皆さんの目つきが、真剣になっていた。牛深から、道場破りが来ていると噂が立っていたのかもしれない。

「打倒貝川」を合言葉に、口には出さないが、次々と新しい刺客が来ておられるじゃないか。



やった、これぞ男の戦場。こちらも「この首で良ければ差し上げましょう」とやる気満々。たまに負けると皆さん手をたたいて慶ばれる。

2日前の金曜日、いつも単騎で乗り込むのだが、その日は牛深から、2人の援軍が駆けつけてくれた。

会場は満席である。大会でもないのにこれだけの人が集まることは珍しい。道場破りの面目躍如だ。

盛況のうちに5時となったが、私たちの対局が山場を迎えていた。

皆さん帰らず、2人の局面に見入っていた。



ギャラリーが増えてくると、興行価値のある碁を打たないといけない。

二転三転と戦局は変わったが、女神は私に微笑んだ。

私には、愛唱の句がある。「碁がたきは、憎さも憎き、又懐かしきかな」  


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2017年06月11日

牛深八幡宮拝殿ついに完成

心配された雨も、午前8時過ぎにはやみ、絶好の落成式日和になった。流石は神様!

私も9時過ぎ、写真を撮るため、八幡宮に向かった。

境内に入ると、招待者の受付が始まっていた。

黒装束の人たちばっかりだったので、一瞬その筋の人たちかと思ったが、それはご愛敬願おう。




10時前になり、名前を呼ばれた順に、招待された人が、拝殿の中に入って行かれた。



その後、宮司さんを先頭に、巫女さんが続き、祭典係の方が、お供え物を担いで中に入り、祭壇に献上された。平安の絵巻が蘇ったようだった。





全員起立で、君が代が斉唱され、宮司さんの御言葉の奏上で、式典が始まった。



その後、境内に移り、巫女さんの舞、牛深地域振興会の皆さんのハイヤ太鼓や、獅子舞が奉納された。














いつの間にかギャラリーも増え、昔からの顔なじみの人たちにも会えてうれしかった。



無事式典も終わり、招待者や、関係者は、「なおらい」に入った。



宮司さん、祭典長さん、棟梁さん、各区長さん、そして寄付して下さった皆さん、本当にご苦労さんでした。

ブログを書きながら、昔のことが走馬灯のようによみがえり、胸が熱くなってくるのを感じた。

八幡宮には、神輿を担ぐときの枕唄がある。

”花のやー、宮崎、八幡宮様ヨー潮の満夜にオハラー栄まぁーす”
  


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2017年06月10日

青色申告会の懇親会に初参加

一昨日、青色申告会の総会と懇親会があった。

その日は朝5時~夕方5時までの仕事だった。懇親会だけ参加することになった。

この会は初めてである。少し遅くなると事前に連絡し、末席でいいからと言って、遅れて入ったら、会頭の隣の席が設けられていた。

恐縮した。先輩諸氏も多く来ておられて、牛深に居っても、滅多に話す機会のない人ばかりだった。




いろんな話に花が咲いた。二次会は「エクボ」と聞いて、びっくりした。

というのは、今年の年賀状に、「閉店します」と書いてあったからだ。久しぶりにマスターとママさんに会うことが出来て、とてもうれしかった。



ウイスキーをロックで3杯飲んだ。一次会で、ビールと焼酎、二次会で、ウイスキーとだんだんアルコール度数が濃ゆくなっていくのが、小欄の悪い癖である。

11時過ぎ、かぼちゃの馬車が迎えに来てくれたが、針のむしろの座席だった。

昨日、懇親会の話の中で、八幡宮の落成が日曜に行われることを聞き、さっそく八幡宮に写真を撮りに出かけた。




狛犬も両脇に立派な八幡宮が出来上がっていた。

明日の式典の準備もなされていた。天候が心配だ。

今日は仕事が休みだった。昨日、今日は酒は飲まず、反省の日々を送っています。



???「反省だけなら猿でもできる。」  


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2017年06月06日

紀文食品巡回査察

査察官とは「戦場で死んだものを一人ひとりの胸を刺して、本当に死んでいるか確認していく人の事を言う」と新聞の格言で読んだことがある。

今日、紀文食品東京本社からと、大阪の紀文西日本から、2人来て、巡回査察が行われた。

毎年1回来ることになっているが、昨年は、熊本地震で来なかった。

これから、食中毒の季節になる。ニュースや新聞で、きざみのりとか牛乳など、ノロウイルス、O157とかの食中毒報道が伝わってきている。

当店は、紀文食品の下請けとして、取引を始めてから42,3年になる。

紀文食品の下請け業者で、40年以上続けているところは他にない。特異業種だ。

今回も取引内容の遵守と、製造工程の再確認だった。







その内容とは、朝夕の冷蔵庫、冷凍庫の温度確認から始まり、ウスの摺り始めの時間、調味する添加物の確認、摺り上がりの温度、蒸し上がりの中心温度、燻製の始めから出来上がるまでの時間、殺菌の時間、冷却の時間と温度、金属検査機の始めと終わりのテストピースの確認、毎月の検便と、年に1回、細菌検査と賞味期限の根拠等々、記録として残さなければならない。

異物混入などもってのほかである。

相当厳しいハードルをクリアしていかないと、我々に明日はない。工場の中のすべてを写真に撮り、少しでも整理整頓、衛生面でおかしいところがあると、すぐクレームがつく。

査察官は厳しいが、それは巡り巡って当店の信用にも繋がっている。40数年の取引実績は伊達ではない。

鼻クソーじゃなく、何クソ負けるもんか!

長い一日がやっと終わった。  


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2017年06月03日

イタリア放浪記?

先日、嫁が「昔からの友人が来て、食事に招かれたので、夕食は自由に」との事だった。

「じゃ、コンビニ弁当で」と思う訳はない。

心の中で「ラッキー」と呼ぶ声が聞こえた。

すぐ、酒場放浪記の青写真が出来上がった。

今日は久しぶり、イタリアに行ってみようと思い、さっそくアポ無しで行った。

店の名前は「ラ、モト」

マスターは、昔からの知り合いで、いい腕をしているんだけど、少し頑固だ。

今日は「カマスのカルパッチョがありますよ」と言って、2時間前に自分で釣って来たカマスをさばいてくれた。



まずはビールでのどを潤し、白ワインを一杯頂いた。うまい!

カルパッチョとピッタリだった。

長居はすまい、と思っていたので、次のお客さんが来るまで、生ハムとカルボナーラをオーダー、ワインも赤になった。



そのうち、マスターと昔話、今の話と話がはずみ、かぼちゃの馬車が迎えに来る時間になった。

貸し切りでいい時間を過ごした。皆さん、マンネリ化した生活にメリハリをつけるためには、イタリアンに行ってみるのも一計じゃないでしょうか。  


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2017年05月31日

宝島観光協会の懇親会と「友情の柿の木」パート2

昨日、天草宝島観光協会牛深支部の懇親会に出席した。

牛深の懇親会には、参加した記憶はあまりなく、今回で2回目くらいだろう。

私の知らない人もいたが、古くからの顔見知りもいて、昔話に花が咲いた。帰り際に我に返り、会場の写真を一枚撮った。楽しい懇親会だった。




話は変わり、先日「友情の柿の木」をブログで書いた。

次の日に、友人が、柿の木の周りがあまりにも雑草で生繁っていたので、草刈り機を持って来て刈ってくれた。

おかげで、とてもきれいさっぱりになった。お礼を言って彼が帰った後の柿の木を見てみると、5つ咲いていた柿の花が、3つになっていた。



知らずに切り落とされたのだろう。仕方がない。私の説明不足だったのだろう。

少し悲しい気持ちになったが、その横に今年地植えした「クチナシ」が花を咲かせているではないか。



白い花が2つ蕾もたくさんあった。そのうち一斉に咲くだろう。少しは気持ちが落ち着いた。

今日は月末、自営業者にとって、頭が痛い日である。

毎月毎月が、正念場である。午後3時を過ぎると、やっと安堵感が出てくる。今日は早めに帰宅して、一杯飲みたい気持ちにかられた。

半額になったロッキーの刺身を肴に、黒伊佐錦で流す。



一日の締である。

  


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2017年05月25日

友情の柿の木

私には、7,8年前から毎年秋になると、柿を送ってくれる友人がいる。

しかも同級生で、女性である。

正岡子規の句に、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」という有名な句があり、奈良の特産品にもなっている。

意図して生えたのではないが、工場の傍らに、柿の木が、自然に生えていた。

昨年、2メーター位になったが、一向に実がなる気配はなかった。

友達が、「貝川さん、柿は接木せんば、実はならんとぞ」と言ってくれた。

「それじゃ、あなたに任せる」とは言ったのだったが、私の居ない時、根元から10センチくらい残して、ブッツリ切っていた。「オイオイ、大丈夫かいな」と内心思った。



二か所接木したが、一方はすぐに枯れた。

もう一方はすくすく育った。やがて冬が来て葉は落ちてしまった。

今年4月になって、若葉が出て来た。5月に入ったら、なんと白い花が咲いているではないか、びっくりしたというか、感動したというか、友達の言った通りになった。



この事は、奈良の友達にはまだ伝えていない。

10年前、私の工場が、経営不振になっていた頃、大変心配していたことを聞いた。この柿は、その友情の印として、立派に花を咲かせてくれた。

もし秋に実を収穫できたら、一番に彼女に送ってやろうと思う。

”子づくり3年、ガキ8人”じゃなく、「桃栗3年柿8年」という。

植物は咲くときは知っていて、絶対裏切らないと思った。  


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2017年05月21日

眞子さまご婚約と下町の若

4,5日前、「眞子さまご婚約」との一報が入り、毎日テレビで報道されている。



北朝鮮、豊洲市場、森友学園といろいろ憂鬱な報道ばっかりだったが、久々の明るいニュースにうれしく思った。

お相手の方も「海の王子様」と言われ、さわやかで好感の持てる好青年である。名前は、「小室圭」という。

サークルの仲間から「あなたの事を何と呼んだらいい?」と聞かれ、「K、K」でいいよと言われたと。

実は私もK、Kである。K、Kの頭文字の人は、どことなく気品が漂っていると思う。

私の立ち居振る舞いを見て、「あぁこの人はきっと高貴な所の出ではないか」と口には出さないが、皆胸の内で思っているに違いない。

幼少の頃は、ボン(お坊ちゃま)とか、下町の若、八幡様の玉三郎の異名で呼ばれていた。

先祖は、きっと位の高い平家の出だったかもしれない。

二人のご婚約を心から祝うとしよう。



事情通の話
「何が、位の高い平家の出だ。焼酎食らいの平家(ひらや)の出のくせに」  


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2017年05月14日

友の墓参り

昨日と今日、不幸があり、葬式に参列することになりました。ご高齢の方は仕方ないとしても、50にもいかない人が亡くなることは、非常に悲しく、辛く、言葉にもならないものがある。

葬儀の帰り、花を貰って帰った。普通葬式の帰りには、花は貰わずにさっさと帰るのだが、それにはわけがあった。

4月の中頃から、3年前に亡くなった竹馬の友が夢に出てくる。



3日続けて出てきたこともある。いとこにそのことを話したら、

「そりゃ、謙介、墓参りに来いと言ってるじゃないか」と言い、じゃ、今度機会があったら二人で行こうと今月の初め話をしていた。

今日、二人で、花をもって墓参りに行った。するといとこが、「おい。これユウちゃんの名前が彫ってないね」と言った。なるほど、享年も彫ってない。

この事だったのか。二人で納得して山を降りた。

帰り、八幡宮に寄った。すると足場が外され、ほぼ出来上がっていた。





昔のからするとなんとなく小ざっぱりとした感じがした。もう少し寄付をはずんどけば良かったか、でも嬉しい。何百年に一度の建て替えを見れることは生きてて良かった。落成式が待ち遠しい。  


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2017年05月11日

ゴールデンウィーク奮闘記

ゴールデンウィークも終わった。

この間、いろいろな事があった。4月29日~30日、宇城彩館にて店頭販売をした。マスコミも来て大いに賑わった。






私たちも、もちろん売れると思って参加したが、天気が良く、販売台が一日中、日に照らされていた。試食も商品も出すことが出来なかった。惨敗である。

ツバメが多かったことだけが、記憶に残っている。

5月3日~4日はとれたて市場で、興行したが、写真はない。

5月6日~7日は、熊本港ターミナルでの宣伝販売に行った。

ここ近年では、一番売れなかった。仕方がない。

ターミナル売店で売ってもらうのが、目的だったので、ターミナルの様子は、こういう感じでした。



高速船フェリー、オーシャンアロー号も写真に収めた。


宇城彩館にしろ、熊本港にしろ、売れなかったので、お互い、コンビニの弁当で済ませようと話をしていたが、何故か、足が居酒屋の方に向いていた。






宇土の居酒屋の刺身と餃子はうまかった。

駅近くの居酒屋は、高級感があって、料理も大変おいしかった。

店主おすすめの焼酎、球磨の泉で、喉を潤し、日本酒、久保田で締めを飾った。

何か、このブログ、酒場放浪記みたいになってきているのではあるまいか、と思う今日この頃です。  


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2017年05月06日

友、遠方より来たると悪夢

「柱の傷は、一昨年5月5日の背比べ~♪」

今日5月5日、こどもの日、各地でいろいろな催しが伝えられて来ている。



ゴールデンウィークも終盤に入る。

昨日、いとこの子供たちが、東京から工場に来た。「久しく私に会っていないので」という事だった。

「世の中に人の来るこそうれしけれ」

丁度昼時だったので、海彩館に食べに行った。

順番待ちで、10番目という事だった。急遽、中華料理店に行くことになった。

正月に広島から、帰省してくると、年末の仕事が最終の日に、京華園から、色々好きなものを注文し、打ち上げという事が、恒例になっていた。

ここで、子どもの頃の話に花が咲いた。

子供の時、食べた味を覚えていたのだろう。

「あ!懐かしい味。おいしい」といって、楽しい一時を過ごした。写真も記念に撮った。






そこで、散会になったが、彼から再会を祝ってとのしに書いてある生酒をお土産に頂いた。

毎晩、焼酎のお湯しか飲めない身にとって、久々の酒である。「獺祭」という生酒で、山口県の酒らしい。




すぐ飲みたかったが、家族に酒に卑しいと思われるといけないので、まずは、発泡酒のビールで、喉を潤したが、まずかった。

「彼が選んできた酒だからきっとうまいに違いない」と確信しながら、コップに注ぐ。良い香りがする。そおーと口の中に入れる。

スーとのどを通り抜ける。「うまい」

やっぱ期待を裏切らなかった。家族にも一杯ずつついだ。

息子が、「後はお父さんが飲めばー」と言った。酒ビンが小さかったので、気を使ったんだろう。ええやっちゃ、すっかり酒を堪能して、気持ちよく眠りについたが、悪夢を見た。

工場の蒸し器の扉が外れ、セイロが朽ち果ていたり、くんせい釜が火事になったり、3時半に目が覚め6時まで夢の事で眠れなかった。

一晩中働かされた気分だった。

  


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2017年04月28日

告知、今週末

明日から2日間、宇城彩館の7周年記念に、販売促進のために行きます。

ぜひお越しください。

それと、とれたて市場にも、販売に行きますので、どうぞお越しください。

告知でした。  


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2017年04月23日

刺身の虫、アニサキス事件

昨日、しめ鯖の刺身が出た。私の好物だと知って作ってくれた。うまかったし、酒も進んだ。

普通は12時まで起きているのだが、昨夜に限って、11時に床についた。

夜中の2時前くらいに体の異変で目を覚ました。急に吐き気がしてきたのである。

二度ほど吐いて、治まったかと思った。だがしばらくすると、胃の中がじわっと痛みが出てくる。生汗が出てくる。

「あ、この痛さは…」しめ鯖を食べたことを思い出して、すべて分かった。

鯖の中にアニサキスという虫がいることだ。

一睡もできず、夜明けを待った。5時半過ぎに市民病院にTELをし、今日は、日曜なので担当医を聞くことにした。

幸い熊大の外科医という事であった。朝8時半には来られるという事だったので、看護婦さんに、内視鏡の準備をするように頼んで、電話を待った。

8時に病院から、8時半までに来てくださいとTELがあり、急いで行った。

担当医の女医さんから「虫がいるのに、よく平気でおられますね。痛くはないですか?」と聞かれ、

「痛いですけど、私は、アニサキスのプロですから」というと、カルテも見て、4回目ですね。なるほど、じゃ見てみましょう。と言って、内視鏡室に入っていった。





するとなんと2匹も見つかった。アニサキスという虫は、これです。




ブリ、さば、秋刀魚、タレいわしなど、季節によって虫がつきます。

皆さんくれぐれもご注意を!

今日だけは刺身を食べようとは思わなかった。

次からアニサキスのケンちゃんって呼んでもいいよ!


事情通の話。
刺身なんて、食わなきゃ、当たることもないのにね。
卑しいから、罰が当たるんだ。  


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2017年04月18日

一日目には、必ず雨が降るハイヤ祭

先日、4月15、16日に牛深ハイヤ祭が行われた!

昨年は、熊本地震で中止になり、残念であった。

今年は、天候にも恵まれ、たくさんの人々で賑わった。

舞台では、ハイヤ踊りや、くまモンのゆるキャラなど、熊本県内のゆるキャラが集まったり、くまモン体操も披露され、子供たちにウケていた。







夜の総踊りは、7時からだったが、開始の爆竹がなった途端に、雨が降って来た。やっぱり雨か!


2日目は、須口の船団パレードが行われた。





勇壮である。船からの餅投げもあり、船団パレードは盛り上がった。

当店は本渡のとれたて市場と、ハイヤ祭と二手に分かれて販売した。

老兵は後方支援として、工場に待機した。

今回は現場にいなかったので、写真を撮ることが出来なかった。数少ない写真を載せます。





見に来られなかった人は、是非来年は来てください。

お待ちしております。

  


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2017年04月14日

ハイヤ祭開催のご案内

明日は、ご存知の通り、ハイヤ祭が開催されます。

昨年は、熊本地震のため、中止となりましたが、今年は盛り上がる事でしょう。

我々は、もちろん出店します。そして、本渡のとれたて市場にも土日はいきます。

牛深ハイヤ祭での、我々のブースの場所は、端っこです。海彩館側の端になります。

皆さん是非お越しください。  


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2017年04月12日

とれたて市場8周年記念と奇跡の抽選会

先日の土日、とれたて市場8周年記念感謝祭が行われた。

我々、ハイヤ産直隊も、5業者が出店した。


初日、土曜日は朝から雨が降っていた。

とれたて市場の青年部は、野菜、柑橘類を販売、生産者出荷組合は、豚汁の無料配布を行った。



10時過ぎ、苓明高校芸能部によるハイヤ踊りも披露された。外は、雨だったので、店内で行われた。




我々も、空くじなしの抽選会を行った。



1等から5等までと、各出店業者から、自分の商品を景品として6ヶ協賛としてもらった。

1日目(土曜日)の1等を引き当てたのは、子供さんだった。




5千円の牛肉である。これが幸運の子供さんである。おめでとう。

2日目は天草養護学校の生徒による天龍太鼓が披露された。



問題は、2日目の日曜日の抽選会だった。

まさか、こんな「奇跡」が起こるとは、みんな夢にも思わなかった。

次々と2等から5等までは引かれていったが、中々1等が当たらない。時計も午後3時をまわった。抽選箱の中には、最後の一枚が残っているだけだ。もしこれがハズレであっても、これを引いた人に1等賞を与えようと私は思っていた。

運命の人が来た。さぁ最後の一枚を開けてみた。

そこにはなんと1等と書かれていたではないか。

大当たりの鐘は鳴らされ、大きな歓声が上がった。

こういうこともあるんだなぁーと思った。まさに奇跡。

普通はこれでめでたしめでたしで終わりなんだが、私だけは知っている。この男1等であることを知っていた。情報が洩れている。

知っているのは、私ともう一人。誰かとは言わないが、心の中で感動が次第に半減していくのを覚えた。

出来れば家族連れに当たって欲しかった。  


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2017年04月06日

私の刺身感

私は、365日刺身を食べていますと言っても過言ではない。

そんな私は、だいたい盛られた刺身を見て、これは何、これは何と魚を当てられる。

しかし、いくら刺身好きと言っても、食べない刺身がある。冷凍マグロ、キビナゴ、ココダイ、ボラ、チヌなどで、我が家の食卓には絶対に並ばない。

キビナゴだけは、もらったときは食べる。

私がキビナゴを買ってまで食べない理由は、30年前、昔も今も決して裕福ではなかったが、毎日、毎日キビナゴだった。それは、ご近所からのもらい物であった。

嫌いではなかったので、嫌というほど、食べさせられた。

キビナゴを見ると、苦しかった時代を思い出すので、嫌である。

先日、嫁の誕生日の時に出された、某お食事処の刺身は、キビナゴが6切れ、冷凍マグロが5切れ、ココダイの切り身が6切れぐらいだった。

よそからのお客さんをもてなそうと思って行って、これを出されたら、いい恥をかくだろう。

家族だったから良いものを、写真を撮ることまではしなかった。

それからは、時に触れ、私の毎日の刺身を少しずつ撮ることにした。







ロッキーの半額になった刺身ではあるが、300円もしない刺身を2パック、息子と嫁と3人で、芋焼酎を片手に今日の出来事などを語りながら、飲む酒のうまさよ。これ以上の幸せはない。

どうか店主よ、私をうならせるような刺身を出してくれ。

自分で食べてみて、客の目線に立って、うまいというものを出さないと、客は逃げてしまう。

生きるも死ぬも自分次第。それが、職人だ。

苦言を言っているようだが、牛深で一番になって欲しいからだ。  


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2017年04月02日

肥後本因坊予選 惜敗

昨日はエープリルフールだった。

昨年まで、一緒に碁を打っていた仲間の一人が熊本に働きに出たので、私もあまり碁は打たなくなった。

もう一人の親友をその熊本に行っている友人が、今日牛深に帰ってくると噓をついて騙した。

昼に熊本を出て、夕方前には着く予定という設定だ。

5時過ぎでも来ないので、心配になって「ケンちゃん、本当に来るっていったとや?」と私に問いかける。

「大丈夫きっと来ますから」と言って、来たら3人で飲みましょう。と飲む場所に予約を入れた。

ところが、何名様ですかと店から聞かれて、「2名です」と答えたので、噓がばれてしまった。

ネタバラシをして、ちゅうぼう隆に行くことにした。さっきまで打っていた碁を酒の肴に、あの時こう打っていればよかった。こう受ければよかったと囲碁談議に花が咲いた。

今日、本渡の市民会館で、肥後本因坊天草予選が行われた。






昨日の酒も少し残っていた。この人だけは当たりたくないと思っていたが、今日のメンバーでは最強の人と当たった。

ギャラリーも多く、負けはしたが、興行価値のある碁で、面白い碁だった。終盤、私の錯覚で、投了したが、みんなびっくりしていた。

「あんたが勝っている碁を…」と言ってくれたが、内容が良くなかった。

エープリルフールだからといって友人をだました罰である。

嘘はいつかはばれる。明日からは、正直者のけんちゃんに戻ろう。  


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2017年03月31日

山都町軽トラ市 番外編

昨年、軽トラ市に出店した時、八朔祭りの山車、ケンタクロス(ケンタウロス)の記事をブログに載せた。

この記事です。

その迫力を見て、故小沢昭一の、「雷よ、百鬼夜行の世をしかれ」という句を掲載した。

その後、熊本地震が起き、県民誰もが、100年間経験したことのない災難に見舞われた。

「神よ、何もここまでしなくてもいいのでは。」と句を載せたことをものすごく後悔した。

今年は、商売より、どんな山車が出されているのか、それを見に行ったようなものだった。

しかし、期待は裏切らなかった。今年の山車は、「せいしょこ様のナマズ退治」である。ナマズは地震をおこす源と昔から言い伝えられて来ている。



おそらく、「もう地震が起きないように」と、願いを込めた山車にしたんだろう。一段と迫力増している。一日も早く震災に遭われた方々が、元の生活に戻られることを祈るだけだ。

イベント中、トイレは薩摩屋という、割烹のトイレを使わせてもらっている。

途中、廊下に雛壇が飾ってあった。



外は雷とみぞれという荒れた天気だったが、ここは別天地だった。

少し癒された。  


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