2017年01月17日

牛深八幡宮の改築現場(パート1)

年始に牛深八幡宮の改築を、完成するまでブログに掲載することを本年の目標にあげた。

昨日、八幡宮に行く用事があって、宮崎区に足を運んだ。

外は、事故防止網で囲われていたが、許可を得て改築現場を撮影することが出来た。

ご覧いただこう。










神社やお寺は何百年に1度建て直しをすると聞く、その舞台裏を写真に撮れたことがとてもうれしく思う。

次に建立する時までは現在牛深に生きている人は、ほとんど亡くなってしまっているだろう。

今、その現場を現実に生きて撮影できることを、その現場を後世に伝えられることを、私は誇りに思う。

完成までの改築工程をブログで逐次伝えていこうと思っている。  


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2017年01月16日

空腹は最高の料理人

昨日、宇城彩館の商品が欠品しているので、松橋までのぼることになった。

出発が遅くなったので、着いたのは午後5時過ぎだった。

今日は仕事は休みにしていたので、新年のあいさつを兼ねて、男の隠れ家「こめや」に泊まることにした。

途中でもらった「はっさく」をおすそ分けで女将さんにやると、「ここに飾るのが欲しかった。」と、その場で、受付カウンターに置かれた。

それがこれだ




なるほど、これなら風情がある。

震災後、夕食は出していないという事で、外食になったが、行った先々が休みで、こめやに戻り再度紹介してもらった。

暗くなった知らない町を、言われた目印を見つけながら歩くのは、高齢者にとっては大変だった。

牛深でも歩いたことのない距離を歩いて着いた時には、へとへとだった。

「蔵屋敷」と言う店である。名前からしてきっと期待を裏切らない料理が出るだろうと思って入った。

洒落た店内だった。料理をオーダーし、ブログ用に写真も撮ったつもりだった。




だが、食べてみたが平凡な味だった。

「空腹は最高の料理人」と自分に言い聞かせながら、ビールと島美人で流した。

店を出て、愚痴りながら、歩いていると後ろから、

「お客さーん、帽子を忘れていますよ」追っかけてきたのは、店主の息子さんである。

嫁の帽子だ。これで上記で書いたことはチャラになった。

しかも写真もこれ1枚しか写っていない。あーあ今年1年が思いやられる  


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2017年01月04日

短かった正月三が日

あけましておめでとうございます。


正月は、久しぶり休めると思って、酒も仕入れ、万全の態勢で臨んだつもりだった。

紅白歌合戦の後、寝ようと思っていたが、何か面白い番組はないかと、チャンネルを回していたら、「ゴッドファーザー」をやっているではないか。

しかも、深夜0時から朝の9時まで、パート1~3までノーカットだ。

4時までは見た。感動した。だが、もう正月になっているので、やむなく床についた。

朝から酒を飲めるのは、正月以外にない。

北海道の酒「男山」は美味かった。




初日の出を見られなかったので、夕日をと思って外に出たが、もう沈んでしまっていた。



1月3日は我が家では初詣の日に決まっている。

八幡宮に行ったら、神社の改築が始まっているではないか。迂闊だった。



家族全員でお祓いを受けた。

その後、新車のお祓いをしていただいた。





だが、この車、健軍イベントの際、横をこすっていた。

もう少し早くお祓いをしとけばと思ったが、後の祭り、今年はこの神社の改築工事を逐次お伝えしよう。

小欄をいつも見ていただいている皆さん、本年もよろしくお願い申し上げます。
  


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2016年12月31日

大晦日

当店にとって長い師走が終わった。

12月に入って昨日まで、無休である。みんな頑張った。

凍った魚の頭切りの後の氷である。




今年最後のくんせいが終わり、窯から松木の燃え残りを出して、これに水をかける。




ジュウっという音を聞くと、やっと今年も終わったと、安堵感が漂う。


今年は正月から葬式が多かった。

年末まで絶えず、葬儀の看板が立っていた。

やすらぎの湯の送迎バスの客が減ったいう。



この魚貫崎の向こうの西方のかなたに黄泉があると、浄土真宗の教えにある。みなそこへ旅立ったのだろう。

私はまだ旅費を持たないから、旅には出発できそうにない。

明日は正月、今年は熊本震災をはじめ、激動の一年だったが、みんな前を進む以外何もない。

来年こそいい年になりますように。

小欄を見てくださった皆様に幸多かれと祈る。




当店は、正月四日までは休みである。うれしい。酒も出番を待っている。

事情通の話
「この男、飲む気満々であるが、結末が不安である」  


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2016年11月26日

今年も健軍商店街に行ってきた

今日は、父に代わり愚息が書いていきたいと思います。

打ち込んでるのは、毎回私なのですが…。

さて、11月20日に私は健軍商店街に行ってきました。

19日から健康フェア&健軍よかもん市が開催されていて、それに参加したというわけです。

健軍と言えば、熊本地震で被害が大きかった地域であり、その爪痕は未だに残っていました。



アーケードの天井は修理中ですね。サンリブは、取り壊されていました。



こんな感じで、売り出しの準備をする。我々産直隊のメンバー。


イベントの内容は、まず最初に開会と子供神輿がありました。



かなりの人の数でした。というより、子どもたちが多い。

やっぱり都会だなと思いました(小並感)。





あとは、フラダンスがあったり、ゴスペル音楽があったり、吹奏楽の演奏があったりと、にぎやかでした。



最後は、琉球國祭り太鼓があって、イベントも終了です。

前回のブログ記事の通り、父たちは、本渡の天草マラソンの方にいっており、健軍商店街は我々と、二手に分かれての販売でした。

父たちに負けじと、頑張って販売してきました。



昼ご飯は、商店街内にあるラーメン屋で食べました。

300円は安い。これだけは伝えておきたかった。

  


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2016年11月21日

天草マラソンと番外編

昨日、第11回天草マラソン大会が行われた。

心配された天候も、曇り日和で暑くもなく寒くもなく、絶好のマラソン日和だ。

毎年、本渡陸上競技場が、スタートとゴール地点だったが、今年は大矢崎の緑地公園で行われた。初めてである。

出店業者は7時~8時までに搬入するよう通達された。

ハーフマラソンは、9時に天草信用金庫の本店前からのスタートだった。



我々業者も準備万端整え、決戦に備えた。

ハーフマラソンの1位のランナーがゴールしたころまでは、人はまばらだったが、次々にゴールした者が入ってくると、広い会場は人、人、人にあふれて来た。




さー我々も戦闘開始である。フルマラソンの選手がゴールする前に、ハーフマラソンの表彰式が行われた。その後、餅投げも行われた。





番外編

去年は、猫ひろしが招待選手として走ったが、今年は猫も犬も招待選手はいなかった。

だが、色々のコスプレの選手がいた。その選手たちを2,3紹介しよう。







とてもユニークである。

「スポーツは勝つことではなく、参加することに意義がある。」

皆さんご苦労様でした。  


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2016年11月19日

告知

明日は、天草マラソン大会と、健軍商店街の2か所に販売に行きます。

よろしくお願いします。  


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2016年11月18日

送り人とスーパームーン

11月13日、嫁の父が亡くなった。御年93歳であった。

2年半の入院生活だった。

とても穏やかな人で、孫たちにもとても優しかった。

私の両親は20年前に亡くなっている。

親を持つ子供にとっていつかは来ることだと思っていた。

送り人の現実が今おとずれた。

ブログに掲載することは、不謹慎とは思っているが、あえてお許しを願いたい。







生あるものは、いつかは死がおとずれるが、親には最後の仕事がある。

死ぬという事はこういうことだぞと、自分の死をもって伝えることだ。

お通夜の斎場は、満席だった。義父の人柄が偲ばれる。

ご冥福を祈るだけだ。



その翌日、スーパムーンが見られた。とてもきれいだった。




なぜ人は今も昔も月を見て感動するのだろう。

次に見れるのは、18年後だという。

その時まで生きていたら、このブログをまだ書いているでしょう。

フォークのシンガーソングライターに加川良という人がいる。

教訓1の一節に「命は一つ、人生は一回、だから、命を捨てないようにね」とある。  


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2016年11月10日

久玉小3年生体験学習に来る

昨日、久玉小の3年生が、工場見学に訪れた。

先週、担任の先生から、授業の一環として、工場見学をさせてもらえないかというTELがあり、少し考えたが、うまくスケジュールを合わせることが出来たので、OKした。

9時半すぎた頃、22人の精鋭達が工場前に顔を見せた。



ますは、工場の中に入ってもらい、現場の仕事の様子を見てもらった。それから外に出て蒲鉾作りに対しての質疑応答に入った。




おいしく作るには、どうしていますか?

値段はどうして決められているのですか?

蒲鉾を作るときは、どういう時が辛いと思いますか?等々

矢継ぎ早にに質問が飛んで来る。たじたじである。

ど素人の大人は、口先でいなせるが、子どもには嘘は教えられない。

その後、体験学習に入った。

蒲鉾にチーズを入れて丸くまるめる作業を体験してもらった。







皆、悪戦苦闘ではあったが、笑顔で楽しく作っていた。

先生にも体験してもらった。

皆が物作りの楽しさ、苦しさを知り、少しでも将来の自分に役立ってくれれば幸いである。

午後3時頃、出来上がったみんなの手づくりチーズ入りくんせい蒲鉾を小学校に届けた。

その日の夕方、米国大統領選の一報を聞いた。

愕然と来た。ヒラリー氏はトランプ氏がジョーカーを持っていることを知らなかったかもしれない。  


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2016年11月01日

三度益城へ

熊本震災から半年になる。10月20日頃と思うが、益城町商工会の婦人部長から

「貝川さん、今月の30日にイベントをするから、是非来てもらえないか。」というオファーを受けた。

「魚が食べたい」という事だ。

すぐ、我々産直隊は出店者を募った。三業者が行くことになった。秋祭りだという。

初めての試みで、益城復興市でイベントをしようと企画したそうだ。牛深ハイヤ踊りも是非という事でした。

ハイヤ踊りの桃の会にお願いして、「今日はボランティアで出演してもらえないか」と桃の会の会長にお願いしたら、

「今こそ益城町に恩返しせねばならない。」と快諾してもらった。思う気持ちは一緒だった。

「ありがたい」牛深の心意気を伝えたい。

その情景をご覧いただこう。










ハイヤ踊りは、午前1回、午後1回と2回公演だった。



現場は、地震の爪痕もまだまだ残っている黒潮市場の敷地内です。皆さんで、道中踊りを踊った。

きっと楽しい思い出になったに違いない。

その後ステージでは、カラオケ大会になった。









帰り際、商工会の婦人部長、富澤さんと記念写真を撮ってもらい帰路についた。

10月31日、今日で避難所が終わりになるという。追い出された人々は、これから冬が来るというのに、路頭に迷われる方もいるだろう。

あてになるようであてにならないのが行政である。自分たちの町は自分たちで結束して少しずつ立ち上がる以外にはないだろう。

その為にも、要請があれば、我々はいつでも支援を惜しまない県民ならましてや!



  


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2016年10月22日

伝統行事「村祭り」

今日、天草市の魚貫町のお祭りに呼ばれた。

魚貫町の祭りは、世襲制で、代々受け継がれていた。

各家には、御神灯が玄関先に掲げられ、昔からの伝統行事が、今に伝えられている。



沢山のごちそうに迎えられすっかりいい気持になった。



家主から「とある人から、碁盤を頂いた。一局打ってもらえないか」と言われ、一局打つことになった。が、お客さんもいっぱい来ておられたので、ほんの10数手までで、引き分けで終わった。



息子さんが、余興として、相撲取りに扮して、場席を和ませた。



何百年も続く伝統行事でも、若者がそれを受け継いで、後世に伝えなければ、どうすることもできない。

日本の中小企業にしても、村の伝統行事にしても、後継者なしでは、前に進めないのが現実だ。


  


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2016年10月17日

KAB元気フェスタ2016

毎年10月の第3土、日、グランメッセで行われていた「KAB元気フェスタ」が熊本震災で、使用できないため、急遽駅前周辺で行われた。

当店にもオファーがかかった。ありがたい事である。

イベントは熊本城の二の丸広場、駅前、そして白川沿いの白川石塘3か所で行われた。

ここでのイベントは、震災前後でも、初めてである。

KABが、熊本震災復興支援と銘打って、県内50業者に声かけ、2016元気フェスタが開幕した。



白川石塘の出店者に、蒲島県知事もあいさつに来られた。






会場の風景




特設ステージ





そして、KABのテレビでおなじみのアナウンサー、キャスター、レポーターの面々が快く写真に応じてくれた。






外のイベントでは、実演販売、アイスクリームとかその場で食べられる業者とでは、物産品の我々にとっては厳しいものがある。

しかし、初めて食す商品と当店との名前をしっかり売って来た。利益は二の次である。

事情通の話、
「この人はこれだから、貧乏から抜け出せないのである。」  


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2016年10月14日

告知「KAB元気フェスタ」

明日から、2日間熊本駅周辺でKAB元気フェスタ2016が開催されます。

我々が、そこに出店することは、前にもお知らせした通りです。

今日は、簡単にその告知でした。

もしよろしければ、足を運んでみて下さい。

では、内容については後日ブログにて…。  


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2016年10月12日

デイリースポーツ新聞に当社の広告載る

ときどき西日本新聞の広告社から、電話がかかってくる。

「どうしても、明日の新聞の広告の欄が、一社埋まらないので、社長、今回だけ無理を承知でお願いします。助けてもらえないでしょうか。」

という。助けてくれという人を断れないのが、わが身の辛さ。それが、もう2,3年は続いている。

9月にその広告が、西日本新聞に掲載された。話はいつもそれで終わるのだが、たまたまその新聞を持って帰った、大分のデイリースポーツの広告代理店がこれを見て、10月1日から1ヵ月間デイリースポーツのwebページに掲載させてもらえないかと言ってきた。

即答はしなかったが、家族で話し合い、投資と思い承諾した。そして、広告はデイリースポーツの新聞にも掲載された。





新聞の広告なんて、誰も見やしないと思ったが、発売されると、今まで聞いたことのないネット通販会社6,7件から電話がかかってきた。

その中には、ヤマダ電機に関連する会社や、グルメ雑誌等からもあった。

どの会社も、くんせい蒲鉾をネットで売ってみませんかという誘いだけで「是非くんせい蒲鉾を売らせてください」という話はなかった。

全部お断りしたが、広告はすごいネ!

もったいなかったのか、これで良かったのかは、わからないが、地道に目で見渡せる範囲内で決して背伸びしない商売に徹しようと思っている。


話は変わりますが、高島屋の熊本おせち予約は、好評で当初、1000函の予定であったが、あと、500函追加になりました。こちらもすごい。


  


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2016年10月11日

三回忌のハプニング

今回も、台風が直撃と思っていたが、何事もなく通過していってくれたことは、ありがたかった。

しかし、一昨日の夕方の雨は、ものすごかった。

「今回はこれくらいで勘弁してやる。」

と言いながら去り、昨日の午後から、晴天になった。空にはロケット雲が出ていた。



やっと秋到来か。


今日は、小学生の時から50年以上の友人として、過ごしてきた竹馬の友の3回忌に呼ばれた。




去年、初盆に「末期の酒」を残していた、伝説の人である。

この人は、酒好きだったが、焼酎だけは飲まなかった。

日本酒とウイスキーが大好きである。

酒のうんちくを語らせると、右に出る者はいない。

その仏前に、その人らしく、ウイスキーが供えられていた。

ジョニーウォーカーの赤だ。(ジョニーウォーカーは50年前は高級ウイスキーだった。)

仲間3人で記念写真を撮った。それがこれだ。



中国の詩人に杜甫がいる。彼が言った言葉(彼の句)に、

「明年、この会、誰か健なるをいづくんぞ知らんや」

今日、こうやってみんな集まることが出来たが、来年もまた同じメンバーが健康で集まるってことは、誰が断言できよう。いや誰も断言できない。

皆もう70歳近くになっている。

ハプニングがあった。

住職が法要をはじめられたが、途中法要するお母さんと息子さんの名前を忘れ、家族に聞かれる一幕があった。

「おいおい、大丈夫かいな」と思った。

午後7時過ぎ、いとこから電話があった。

「謙介、今日和尚さんが、同じお経を2回読まれたことに気付いたか?」ということだった。

「ああ、あれは俺が居眠りしていから、もう一度俺のためによんだのだろう」と答えたが、

住職も80過ぎておられる。後は言わずもがな。




  


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2016年10月05日

ホタルイカの塩辛

台風一過、明日は秋空になるとの事。

とんだお騒がせ台風だった。


今日は刺身もないという事で、非常食のホタルイカの塩辛を食べた。

これが珍味であることは知っている。

先月から、ロッキーで販売されていて、7個買い占めた。

それがこれだ。


酒は島美人のロックで合わせた。

うまい!



塩辛だけでは、辛いので、豚汁の具沢山が出てきた。もう何も言うことはない。

これから本格的な秋到来で、我々どさ廻りの業者にとって、これからが本番だ。

今週土、日はとれたて市場。13日は、県庁販売。15,16日KABの元気フェスタ。





今年の元気フェスタは、震災でグランメッセが使用できないので、熊本駅周辺で行われることになった。

詳しくは来週お伝えします。
  


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2016年10月01日

友人の誕生日

今日は友達の誕生日で、とある居酒屋に行った。

以前マスターにサプライズとして、裏メニューをオーダーしていた。

お店のはからいで、出てきた料理がこれだ。


今まで、居酒屋は居酒屋と思って来たが、一転、一流の割烹と変わった。




今日は酒も料理も堪能した。

最後には、誰の誕生日で、誰が主役かわからなくなってきたのが面白いではないかと、本人は言っている。

この酔っぱらいのくそオヤジが。


ちゅうぼう隆のマスター、今日はありがとうございました。  


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2016年09月27日

秋刀魚

今日は、朝5時からの仕事だったが、6時過ぎ外を見たら、えらい明るい色が見えたので、出てみたら、朝焼けだった。

これが、その光景だ。「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ」とは昔のギャグだった。




朝焼けの時は、雨が降ると言う。確かにそうだ。午後3時過ぎ、友達にTELしたら、「こちらはどしゃぶりだ」と言う。

天気予報の無い時代、昔の人は、何十年もの経験で天気を予報したと。それが代々と現代に伝わり、朝焼けの時は雨、夕焼けの時は晴れと親から言い伝えられていたのは、本当だった。


彼岸も過ぎ、秋到来の今日この頃、本日の食卓は、秋刀魚と栗ご飯だ。






秋刀魚は、庶民の味。秋の風物詩だが、現在は中国や台湾の乱獲により、値段が上がっている。痩せて、脂ものっていないが、旬のものを食べる。それが、日本人だ。

「中国や台湾人よ、いくら公海だからと言って、根こそぎ獲るな!人ってものは、少しは遠慮するものだ。」

と怒り心頭だが、秋刀魚をつまみに、その怒りを酒で流す、秋の夕暮れ。

  


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2016年09月21日

ミニハイヤ、雨天決行

9月18日、ミニハイヤ祭があった。

熊本地震で中止になったハイヤ祭を青年会議所を中心に熊本復興支援の一環として、規模を小さくして行うとの事だった。

我が「牛深ハイヤ産直隊」にも、オファーがあった。

産直隊は牛深でのイベントはあまり出店しないが、今回牛深に残っている若者たちが中心にやるとの事で、我々産直隊の「後継者を育てる」という趣旨にあっている。

出店できる人はできるだけ出るようにと、申し合わせた。



当日午前中は、雨だった。会場も閑散たるものだったが、



昼から雨も上がり、ミニハイヤ祭が行われた。





祭終了後、お客さんも集まってきた。





「売り上げは?」と聞かれても、「売り上げはその時の運」と言わざるを得ない。

決して主催者を責めるものであってはならない。

初めてのミニハイヤ、皆手探りでの事である。

無事終わったが、反省材料も多くあったはず、これをきっかけに、牛深に残っている若い後継者が、さらに一歩踏み出すことを願ってやまない。



訂正をお詫び
前回、茂串の綱引きは100年の伝統があると、書いたが、400年以上の歴史があると聞いた。

訂正してお詫びします  


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2016年09月15日

中秋の迷月

7月に関東のコンビニ(株)スリーエフに納品することが出来た。

ずっと取引ができると思っていたが、一過性の事だったことは、前のブログで書いた。

そのスリーエフから、注文が入った。

練り製品は続けてみようということだったのだろう。ありがたい事だ。

今日、二度目の出荷をした。その時の写真を今回撮り忘れて、ブログに載せることが出来ないことに気付いた。

ヤマト運輸にお願いして、撮らせてもらった。



馬鹿だネー、この男!


話は変わって、今日は中秋の名月。

牛深の茂串地区では、伝統の十五夜の綱引きが行われる。



百年前後の伝統だと聞く。

若い頃は、ごちそうに呼ばれたり、綱を引いたりして、十五夜を楽しんだ思い出がある。



昔は、藁を練ってそれを数日海水につけ当日に臨んだのだ。

でも今は、このように漁をするときの網を束ねて、その横に引っ張りやすく強いロープがくくってある。



幸い今日は、雲で見られないと思っていた月も、朧月夜だ。



午後8時の最終バスが通った後、綱引きが行われる。

数十年前が思い出される。

質素ではあるが、このような伝統行事が、これからもずっと茂串地区の子どもたちに引き継がれていくことが、将来の牛深の町興しにつながることだと思う。  


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