2019年03月14日

悲しい誕生日

やっと税金の申告も終わり自由の身になった。
3月1日は、私の誕生日であった。いつもなら海彩館とか、イタリアンとか、ちゅうぼう隆で祝杯を挙げているのだが、今年は誰も言い出さない。
朝飯の時、嫁が「お父さん誕生日おめでとう」と一言。長男が「親父何歳になったとー」と一言。「アレッ、何か忘れてはいませんか?」てんだ。
次男は何も言わない。「ハハーン、こいつ何も言わないところをみると、俺に何かサプライズのプレゼントをしてくれるのではないかなぁー」と勝手に想像する。「これがお父さんの欲しがっていた電気髭剃りだよ。誕生祝いにプレゼントするよ!」と手渡されると、涙が出るだろううなぁー「ずっと前からお前はどこか見どころのあるやつだなと思っていたんだ本当は!」とワクワクしながら現実になればと期待も膨らむ。
「一日だけ幸せになりたいのなら、床屋へ行きなさい。」という格言がある。行きつけの床屋に髭を剃りに行った。誕生日の記念に自撮りもやってみた。冴えない。



夕食になった。酒も刺身もない。まるで病院食じゃないか。



こういう時は何も言わず、ぐっと我慢するのが男ってものよ!
すると食べ終わった息子がすっと立ち上がり「お父さん」と大きな声で切り出した。「来た来た来たーきっとサプライズがあるはずだ」と期待がよみがえる。
「これだけははっきり言っておく。誕生日おめでとう」と言うと紙切れ一枚手渡しして、自分の部屋に立ち去ったのである。
あぁーこれは日頃の感謝の気持ちか何かそういうたぐいのものを書いているに違いないな。きっとそうだと開けてみる。
そこには「親父元気を出せ!」と一言書かれていた。
わびしかぁー  


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2019年02月26日

木こりになった蒲鉾屋

1月中旬、長島の従兄から「松木を切って置いてあるから取りに来てくれ」という一報が入った。
さっそく精鋭部隊が現地におもむき軽トラック1台分積んできた。その時の報告によると、「唐隅灯台(長崎鼻灯台)の所に立ち枯れした松の木が5,6本あるが、いるか」とのことだった。日にちは未定だがフェリーのドック入りが終わってからということで返事をした。
2月24日(日曜日)に「決行」ということが決まった。志願者を募った。2名の若者が申し出た。
私も指揮者として現地に赴くことになった。

蔵之元行きフェリーに乗船、久々の船旅だ。戸島付近に差しかかると、窓の外がやけに騒々しい。外に出てみると、カモメの大群だった。一人の乗船客さんが、デッキ越しに片手を差し出すとつまでいたかっぱえびせんめがけて次々とくわえていくではないか。すげー、カモメウォッチングって初めて見た。






子供たちも大いにはしゃいだ。後でその人に聞いたら、いつもは来ない。2月から3月初めまで今の時期しか来ないそうである。

港に着くと従兄が待っていた。その足で現場に直行した。広陵としたジャガイモ畑を下っていくと、長崎鼻灯台が見えてきた。



何十年ぶりだろう。あの時の灯台も今は公園になっていて、観光スポットの一つになっている。
お清めの塩を根元にまき、作業開始だ!










足場がよかったので、2時間弱で終わった。
「残りの松はどうする」と従兄が言ったが、車が入らなくて、木が大きいことから私たち素人の手におえるものではないと判断し、今日の作業は終了した。帰る準備をしていると、「嫁がカレーを作って待ってるから、食べて行ったら」と言われた。
断る理由を一生懸命探したが、何も見つからなかった。

家に入ると、ひな壇が飾ってあった。



40年前に娘に買ってやったものだという。毎年この時期になるとお披露目になるそうだ。
一仕事終えた後のカレーは格別の味だった。



帰り際には、ジャガイモやダイコン、ほうれん草とコンテナに入りきれないほどの野菜をもらった。それに大好物の「島美人の黒」も頂いた。私は何という果報者だ。

そして今日はその松木を割る作業だった。





全国に蒲鉾屋はあまたあるが、くんせい蒲鉾を業としているところはない。しかも松木の煙で燻すくんせいは牛深伝統の特産品だ。今年の4月でこの道50年になりますが、いまだ晩成せず、小器を抱き悪戦苦闘している自分を見ると情けない。
だが、この伝統の味を後世に伝えていくことが、当店の使命だと思っています。皆様今後ともよろしくお願い申し上げます。  


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2019年02月14日

猫もおだてりゃ木に登る

♪春は名のみぞー風の寒さヨー♪
暦の上では、立春に入ったが、まだまだ寒い日が続く。
先月末、河浦の天空の碁会所で月例会があった。




半目負けで優勝を逃したが、河浦の碁打ちは皆さん温厚で礼儀正しい人ばかりである。
それに比べ牛深の人たちは、その温厚な人たちをバッサバッサと切り捨てて行く。血も涙もない冷酷無慈悲な人ばかりであった。
あっちこっちで悲鳴が上がる。そして、大爆笑だ。
週1~2日、ここに通うのが一番の楽しみである。その碁会所の前には、ひな壇が飾ってあった。



「あ、やがて桃の節句かー」春の代名詞だ。

そんな中工場の前の梅の花が咲いているか見に行ったら、猫が3匹日向ぼっこをしているではないか。




「お前たちは良いね。仕事もしないで、昼間から日向ぼっこかー。税金も払わず食わせてもらって、何か芸の一つでも見せてみろ!」と言うと、1匹が、向かい側の木に走り出した。それを見て2匹の猫も走り出した。あっという間に木の上まで登っていった。



「猫もおだてりゃ木に登る」か。
豚や猫に限らず、人間でもおだてられたらどこまでも調子に乗る男がここにもいる。



晩白柚を頭にのせて一体何の真似だい。「何ーローマ法王に見えるか」って、馬鹿野郎、閻魔大王みたいな顔しやがって、ヤッケのワキもほころびていい恥さらしじゃないか、だれだこいつは!あーいやだいやだ。

事情通の話 「よく見ろ!お前じゃないか」  


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2019年01月28日

「事故発生」

今日、10時半ごろ、けたたましいサイレンの音が工場の前を走っていった。
また火事か!と思っていた。その時私は、トイレに入っていた。全くしまらない話だが、外に出たら、工場の前の道路は、車が全く動かない。
「あっ!ひょっとしたら、ひょっとこじゃねかー」じゃなくて、本物の交通事故だった。直線道路に長蛇の列だ!
野次馬の血が騒ぐ。凄惨な事故現場だ。






後続の車が前の車がスピードを落としたのに気づかずそのまま追突したのじゃないかと思う。
追突した車の人は救急車で運ばれたようだ。
今日私は整形外科の予約を取っていた。
11時30分だったので、待合室に行ったのだが、追突された人も来ていた。



少し待っていると、その人の奥さん、そして警察官二人が来て、今後のことを話していた。事故を起こす立場、起こされる立場、自分がどんなに注意していても追突されたらどうしようもない。
皆さん交通事故には十分気を付けましょう  


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2019年01月28日

インフルエンザの猛威と天晴!大坂なおみ

今、インフルエンザが全国で猛威を振るっている。



正月過ぎに亡くなった身内の人も、インフルエンザだった。
その3日後、私の長男がインフルエンザと診断され、仕事を6日休んだ。
その3日後、私の嫁が、節々が痛い、寒気がすると言い出し、市民病院に行ったら、インフルエンザだった。
鬼のかくらんだ。工場には出入り禁止。村八分だ。

そこから私の不幸が始まった。
買い物、料理が出来ないので、あれを買ってきてくれ、あれを持ってきてくれと、頼み事が多く、普段買い物に行くことのない小欄は、ロッキーの広い店内を腰痛と左ひざに水が溜まった足を引きずりながら歩かされた。
こんな姿を人に見られたくないと思っているときに限って、”アラ、今日買い物ですか””今日は奥さんは”とか、顔見知りに聞かれる。
だいたい風邪なんて強い精神力と健全な体力を持っておれば、かからないものだ。

私のモットーは、「お国にささげた体。もしもの時、風邪でもひいていたら、天皇陛下に申し訳が立たない」と思っている。
「何!腰痛でひざに水が溜まっている人間が、お国の為どころか工場の仕事の役にも立たないだとー。」
厳しいお言葉、刺さりますなぁー


昨日やっと普通の夕食にありつくことができた。



すると、テレビで大坂なおみのテニスの決勝戦が始まっていた。
飲みながら、こたつの桟敷席で応援した。一進一退に一喜一憂し、勝った瞬間、涙がこぼれた。スゴイー、感動した!





今の日本では、若手の台頭がめざましい。卓球の伊藤、張本、バドミントンの桃田、将棋の藤井聡太、囲碁仲邑菫はまだ9歳というじゃないか。
アメフトや、レスリング、ボクシング、体操、アベノミクスや、厚生労働省と、不祥事の続く中に、天才が続々輩出されている。
まだまだこの国も捨てたものではない。
どうか皆さんもインフルエンザにはご注意ください。  


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2019年01月19日

正月三が日

明けましておめでとうございます。本年も小欄を宜しくお願い申し上げます。

私、思い起こせば恥ずかしき数々、反省の日々を暮らしております。

え!今頃遅い!正月はいっつの昔!とお叱りを受けるかもしれませんが、正月早々、身内の不幸がありまして、いまいち気分が乗りませんでした。


正月は家族揃っての新年の挨拶から始まる。
酒は毎年、大分の妹婿から、西の関の「ビギン」をもらていたのだが、今年は来なかったので、秋田の「津月」の純米酒と、高知の「司牡丹」を買った。
からすみ、数の子は毎年お歳暮として頂いている。それに合わせる酒は、津月にした。




朝から刺身を食べ、酒を飲む。これは正月のなせるワザだろう。


2日目は、工場にいたら、2年半ぶりに碁がたきが帰ってきた。
さっそく友人の家で、新年碁会が始まった。



もちろん、夜は飲み会になることは、暗黙の了解である。




3日目は、初詣に行った。家族で神社に参拝に行き、お祓いをしてもらうのが、恒例となっている。
お宮の拝殿には、私が48年前に描いた絵が掛けてある。



私は48年前からすると、色あせてしまったが、この油絵は色あせないで、当時のままの色彩が歳月を感じさせない。
ギラギラとした青春時代が頭をよぎる。
帰りにおみくじを引いた。昨年は大吉だったが、今年は末吉だった。
おみくじに女性問題に注意と書いてあった。ん?何事もなく平穏無事でこの一年を乗り越えられるように祈るだけである。




今年は正月から穏やかな日々が続いている。
明治天皇が詠まれた歌がある。
「あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな」  


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2018年12月24日

サンタの事情

最近寝覚めが悪い。朝から晩まで「ゴーン、ゴーン」と音がする。除夜の鐘にしては、早い気がするのだが、テレビでは毎日のように、日産のゴーン社長の報道ばっかし、当店は30年以上日産車に乗って、売り上げに協力している。その利益を、このゴーン社長が着服しているという、人間の欲もここまでくると、金の亡者だね。

聖書に書いてある「地上に富を築くより、天国に徳を築きなさい」と、そういえば今日はクリスマスイブか、先週市民病院の整形外来に行った時、通路の所にミニサンタが3人梯子を上る訓練をしている。ユニークで面白い。



そして今日の本番。彼らが屋上に上っていく姿を見た。



雪が降る中、トナカイに乗ってくるのがサンタクロースの定番だが、今は少し事情が変わっているかもしれない。雪が全然降らないところを、丸々太ったサンタクロースが大きな袋を担いで、トナカイにひかせることは、草しか食べないトナカイにとって重労働ではないかと、動物愛護団体からクレームがついたのかもしれない。だからサンタもミニ化して、自分の力で梯子を登っていかなければならなくなったのだと私は推測する。

世の中のお父さん、頑張って屋根裏に潜んでねー。

私は敬謙な仏教徒であるが、今日一日だけケーキのためクリスチャンになります。アーメン。  


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2018年12月16日

ささやかな幸せ、晩酌に有り

およげ!たいやきくんじゃないが
♪「毎日毎日、僕らはカマボコの生産に追われて、いやになっちゃうよ!」♪
と言ったらバチがあたるが、毎日暗きから暗き(朝5時~夜7時まで)へ鍵のかかってないタコ部屋に監禁され働かされている。

7時に帰宅を許され、労役から解放される。唯一毎晩の楽しみは、晩酌である。
ロッキーの半額になった刺身とひきわり納豆は定番であるが、これに牛肉の5,6切れ、サラミソーセージを刻んだポテトサラダ、さらに緋扇貝のバター焼きがあったら、もう何も言うことはないんじゃないですかね♪




「え、贅沢?」いえね、私は給与なんてないんですよ。

飲みに行く訳じゃないし、博打をするわけじゃなし、たまに河浦の天空の碁会所で席料百円を払って碁を打つくらいですよ。これくらいの楽しみがないと、生きる希望がありませんよ。

「え、何?」「タコ部屋に監禁されている割には、太っているねだと。」
あのねー、私たち労働者は、体力が資本なんですから、痩せてガリガリしていると、囚人と間違えられるよ!

そんな中、先月末、農家の知人から沢山の野菜が届いた。
白菜、大根、サトイモ、チンゲン菜、キャベツ等々、夏はトウモロコシ、冬は鍋用の野菜と送って下さる知人に心から感謝し、ありがたく頂くことにした。
まずは具沢山の豚汁にして食べた。昨日はすき焼きが出てきた。




やはり冬の主役は鍋ものでしょう。白菜や大根は寒くなればなるほど、甘みが増すという。野菜ほど強くない人間が、熱燗を友にするのもうなずける。

「なに!すき焼きではなくチャンコじゃないのかと?」 これはすき焼きでしょう。
「何部屋に所属しておられるんですか?」 タコ部屋だよ!  


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2018年12月02日

友遠方より来る。また楽からずや!

先月の上旬、嫁の方で法事があった。大分の妹も帰ってきた。妹婿が「兄さん、お土産」と言って、長崎の焼酎の小瓶をもらった。もらって贅沢は言えないが、日本酒の4合瓶1本の方が嬉しかっただろうにと内心思ったが、「せっかくだから、飲んでみるか」





まずは、枇男枇女からロックでいただいた。湯吞み半分が一本分だ。枇杷の香りがするのかなと思ったが、全然しない。次のを飲んでみた。何も味がしない。そこで気が付いたのだが、氷で割らずに、ポケットウイスキーみたいにそのままチビリチビリと旅先専用の焼酎だったかもしれない。それならうなずける。

11月17,18日、健軍商店街のイベントに出店した。そんな中、北海道の友人から、18日に「牛深に行くから」とTELが来た。ツアーで九州に行くことにしたという。私も30数年前釧路に行ったことがあった。その時大変お世話になった人である。「娘も牛深を見てみたいと言うし、私もこれが最後かもしれない。」という思いから、ツアーに参加したという。

さー時間がない。息子たちに18日のイベントは早めに切り上げ、6時までに牛深に帰るようにと指示し、ホテルの予約、食事の予約をして工場で待つことにした。そして、30数年ぶりの再会を果たした。牛深市内を案内した後、海彩館で息子たちの到着を待った。「さー再開を祝して乾杯。」






娘さん1人おられるだけで場がとっても華やかだった。息子たちに「二次会に行くぞ。」と言ったら、「2日間のイベントで疲れている。」とのことだった。じゃ、我々3人で行くか!と言って、娘さんを誘って牛深の夜の街へ消えていった。

今度は、息子たちが北海道へ行く番だろう。  


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2018年11月22日

結婚と二人の奴隷

この時期になるとススキの穂が白くたなびく。夜になると工場の窓ガラスにロッキー店の外灯に照らされ風に揺れて映る様子は、映画のスクリーンのようだ。





そんな中、先週土曜日、マブダチの所に1ヵ月ぶりに杯をかたむけに行った。




彼は奥さんを亡くされ、今は独り身だが、家に入ると、ゴミ一つ落ちてない。「炊事、洗濯、掃除、みんな自分でしまいばなー、あんたは良かなー」と身につまされる思いだが、その労をねぎらうことも私は忘れない。

先月シルバーマークになられたが、今も現役で仕事に行かれてる。囲碁を愛し、酒を友とし、これからも交友は続くだろう。


先般、天皇、皇后、両陛下による最後の園遊会が行われた。




国民の象徴でもあり、夫婦の模範として、国民から絶大な尊敬のまなざしを受けておられた。
そして今日、津川雅彦、朝丘雪路の合同告別式が行われた。芸能界きってのおしどり夫婦という。

窪田空穂に老境の夫婦を詠んだ歌がある。
「老ふたり 互に空気と なり合ひて 有るには忘れ 無きを思はず」
静かな日溜りにもにも似た境涯だが、難しいのは空気になり合うまでだろう。

「結婚」を以下のように定義したのは、A・ピアスである。
「共同生活体の1つの場合で、1人の主人と1人の主婦と二人の奴隷とから成り、それでいて全部合わせて二人にしかならない状態」(悪魔の辞典)
空気になり合うのと、奴隷になり合うのでは、正反対に見えて実は照明の当て方ひとつ共に結婚という一面を言い当てていよう。
二やっとするご同輩もおられよう。


石原裕次郎の唄「赤いハンカチ」の一節にある、「死ぬ気になれば、二人共、かすみのかなたに行かれたものを」と、
空気とか、霞とか、凡人には目には見えない。

落語のくすぐりに「音はするけど、姿は見えぬ。まるであなたは、屁のような」我々は空気とか霞のような存在までは高みを極められない。屁のような夫婦である。
屁のような夫婦で結構!人生観が漂う夫婦であれば。

皇后さまが一言、「陛下!」  


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2018年11月04日

ハロウィーン

秋晴れが続き、過ごしやすい日々を送っている。

晩秋とは、どこかうら悲しい季節でもある。11月7日は立冬だ、朝晩は冷え込んできている。




そんな中、先月末、渋谷でのハロウィーンが盛り上がっている様子をテレビで見た。どこか我々世代にはいまいちピンとこない祭りである。

その日、工場で留守番をしていると、「トントン」とドアをノックする音がした。開けてみると、「おじちゃん、ハロウィーンのお菓子」と言って、仮装した子供が立っている。牛深で見るのは初めてだ。「うわぁーとうとう牛深まで来たか。」わんぱく盛りの子供だ、衣装が似合っている。

記念に写真を撮らせてもらった。あっ、写真に夢中になり、お菓子をあげるのを忘れてたことを思い出し、「おじちゃんにはいたずらしないでねー」と言って、こっそりお菓子を届けた。









日ごと寒くなり、いよいよ商売の方も本番に入る。忙しくなってきた。我々も年末までの臨戦態勢に入った。

フーテンの寅だったら、「売(商売)の季節になってきた。今だったら阿蘇路か、大分の国東下んだりまで足を延ばしてみるかぁー」と映画のワンシーンを思い出させる季節でもある。

おっと佐賀を忘れてた!  


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2018年11月01日

KAB元気フェスタ2018

10月20日、21日と毎年恒例の「KAB元気フェスタ」がグランメッセ熊本で開催された。

中に入ると去年と少し雰囲気が変わっていた。

いつものスタッフも見当たらない。「アレッ」と思い、知り合いのディレクターさんに私たちのブースを教えてもらった。

「いつもなら、黒木アナとかマサル君があいさつにくるのだが」と思いながら準備をしていると、田中洋平さんがあいさつに来られた。マサル君のことを聞いたら、今年の4月から「駅前サタブラ」が終了し、新しく「くまパワー」という番組に変わったそうだ。

「あー、それで知らない人ばかりなんだ」と現状を理解できた。洋平さんに「マサル君はザギトワにもらわれていないかと思った」とボケたら、「あれは雌犬でしょ。」とマジ答が返ってきた。

「マサル君は女ではなかったかなぁー」と言ってやっと気づき「ハハハ、彼はほとんど女性でいますからね。」と二人で大笑いした。

10時開場でお客さんがどっと入ってきた。

オープニングは隣の阿蘇クララファームが生放送された。






ゲストとして「ガダルカナルタカ」さんが来られていた。映らないよう隠れて見ていたが、テレビを見た人が、のれんは映っていたよと教えてくれた。

11時過ぎたころ、女性グループの歌声が聞こえてきたので、会場視察に一回りすることにした。ステージで「LinQ」が歌っていた。






数年前には私のブースの中に入って一緒に商品を販売してくれた。あの頃はまだ、中高生だったと思う。今は名も売れてきて、サイン会も長蛇の列だった。立派になったものだ。







今年は体験コーナーが多く見られた。









ボルダリングや、食生活支援コーナー、アナウンサー体験コーナーとかに列ができていた。



そこを覗いてみると1人だけ見覚えのある女子アナがいた。舩津アナである。




「あらー貝川さん」と声をかけてくださった。

「写真お願いできますか」と言うと、隣におられた女性ディレクターさんが、「私が撮ってあげます」と言ってツーショットを撮って下さった。





舩津アナはテレビで見るよりも、実物の方がずっときれいであった。

ブースに帰り、しばらくすると、小欄でおなじみの中島夫妻がやって来られた。





ご主人は無口だが、奥さんの方が弁が立つ。そこに洋平さんが通りがかり、写真に納まってもらったのだが、「あーた、この前結婚式で司会をしたろー」「どうしてそれを」と「私も出てた」と、「だっておいの結婚式だもの」「あんとき、あーた………」と中島節炸裂。天下の洋平さんもたじたじであった。いつも当店の追っかけ、大変感謝しています。





2日目は、亀吉つぁんが私たちのブースの前でハンドスピーカーで呼び込みをやってくれた。





「ここは試食通りです。皆さんどうぞ試食していってくださーい。」とそこに岩清水レポーターがやってきて、「あっ、貝川さん。気が付きませんでした。」と隣に声かけられていて、私たちに気が付かれてなかったようで、すぐ、蒲鉾を買っていただいた。私たちは幸せである。






KABの皆さんからいつも温かく迎えてもらって、しかも売り上げにも協力していただいている。感謝感激神あられだ。

そして、今日元気フェスタに最初にオファーしてくださったディレクターさんからお礼の手紙が届いた。「来年もお待ちしています」と。  


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2018年10月26日

整形外来待合室とレントゲン

先日ブログで事故発生を掲載しましたが、先々週の土曜日「松木を取りに来てくれ」と業者さんからTELがあり息子二人を連れて積みに行った。




その時、左足をコネ、その夜トイレのドアで左ひざを打撲し、腫れ上がった。翌日は痛くて、歩けない。市民病院は日曜日で休み。月曜日やっと整形にかかることができた。その時事故に遭遇したのである。

整形外来の待合室で待っていると、看護婦さんが問診票をもって私の横に座った。いろいろ症状を聞いた後、「アレルギーはありますか」と聞かれ、「ないんですけど、綺麗な女性を見ると顔が赤くなるんですよ」と言ったら、私の顔をしばらく見て「全然赤くなっていませんね。残念だわー」とニコッと笑ってくれた。その笑顔がまた可愛かった。

私はこの手のユーモアを解し、返してくれる人は大好き!

しばらくして名前を呼ばれ彼女にレントゲン室まで案内された。中には3人のスタッフがいた。最初は1人で撮っていたが、あとの2人も加わってきた。

技師がカメラの位置を調節するため動かしていたら、「ゴン」と大きな音がした。慌てて「大丈夫?頭は打たなかった?」と女性スタッフに言われると、「大丈夫です」と言った。私が、「気持ちはわかるけど、仲間割れはするなぞー」と言ったら、みんな苦笑した。「はい大きく息を吸ってー。」「ハイ、今度はこちらを向いてください。」「ハイ今度は位置を変えて撮ります。」「ハイ終わりました。」と言われたので、一言「モデルになった気分だったよ。」と言うと、「ハハハ、スーパーモデルですね。」と言って返してくれた。嬉しい。

診察室に入って、レントゲンに異常はなかった。左足膝に水が溜まっているようだ。抜きましょうと仰向けに寝せられた。

「先生痛くないように打ってくれよ」と言って腹の上でアーメンのおまじないをした。すると痛くなかった。

「うん?水じゃないね、血が溜まっているね。何かで打った?」とドアで打ったことを白状した。

水曜日までに痛みが治まらなかったら、グランメッセにはみんなで行くように指示を出した。

すると水曜日の朝は、歩くのはぎこちないが、痛みも取れてきた。薬が効いてきたようだ。

やっぱり元気フェスタは俺が行くしかないだろう。毎年出店オファーをしてくださっているKABスタッフの期待を裏切ることはできない。






次回「KAB元気フェスタ 奮闘編」に乞うご期待。  


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2018年10月19日

「何者かに見られている」と元気フェスタ告知

この季節になると、秋空に太鼓や笛の音が響き渡る。

牛深は牛深八幡宮の秋祭りを皮切りに、久玉、魚貫と一週間おきに続く。





また、秋の風物詩「からすみ」漁が始まり、昨日からすみ(ボラの卵)を取り出した後のボラが工場に運ばれてきた。




これを廃棄処分するのはもったいない。今年は、万引(シイラ)が取れなくて困っていたところだった。鰺と混ぜて使うと良いくんせい蒲鉾が出来るんですヨ。

そして、今日、先週末親戚に不幸があり、葬式に出席する予定だったが、その前日、足を痛め、出席できなかったので、改めてお悔みに行ってきた。

帰り際、「お茶でも」と言われたので、いただきながら、故人の昔話で話が弾んだ。

すると何かに見られているような気がして、ふとサッシ窓の方に目をやると猫がこちらを見ているではないか、



一瞬びっくりした。「中へ入れてくれ」と言わんばかりだ。外に出たら、近所の猫だろうみんな集まってきた。





BSで「世界ネコ歩き」という番組があるのもうなずける。




明日KABの「元気フェスタ2018」がグランメッセであります。そこに出店します。

足の痛みも少し和らぎ、なんとか行けそうだ。皆さん、時間があったらKABを見てください。  


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2018年10月17日

事故発生とボケ発生

月曜日、朝8時前、市民病院の順番取りに工場を出た。

警察署の前から、事故処理車が私の前に入ってきたので、その後を走った。赤色ランプは回ってない。

睦見橋交差点で赤信号で止まると、右側の角に赤色ランプが回っているパトカーがいて、救急隊も来ていた。「あっ事故だ」と思った。




男の人がタンカーに横たわったまま顔には布が被せられていた。外傷はなさそうだったが、全く動かない。心配だ。

受付を済ませ、現場を通ると、場所を移しての現場検証が行われていた。どうやら、バイクと軽トラックの事故のようだ。




どちらも年配の方のようであった。他人事とは思えない。気を付けなければと思いつつ現場を去ったのだが、別な意味で私が今、気を付けなければならないことがある。

ボケの始まりは、9月下旬のことだ。商工会議所での会議である。前日会議所から、「貝川さん、明日の会議は大丈夫ですね?」とTELがかかってきた。「ああ、2時からでしたね。息子が行きます。」と翌日息子に行かせた。

息子から
「お父さん、会議所の何階の部屋であるの?誰も来てないよ。」と、

「会議所の人に聞けば。」と、
すると、本渡の天草商工会議所であっているとのことだった。

私の勘違いだった。「すぐ迎えに行く。」

「いいよ歩いて帰る。」

詫びる心の浪花節「こんなオレを親に持った子供が、不憫でならねぇー。」

それからというもの、失態の連続である。

ボタンの穴を1つ掛け違えたり、トイレで用を足そうと入ったが、なかなか出てこない。パンツが前後だ。

碁会所の寺銭が百円であるが、「アレッ、だれか50円を出している。」

夜、明るい駐車場から道路に出る時、ライトはつけないままで飛び出したり、あわや惨事になるところだった。

そして今日、銀行に嫁をやって解約手続きや送金を頼んだ。そしたら、「通帳印を持ってきてください」と言われ戻ってきた。

「えー印鑑はバッグの中に入れてたはず。」

「私がバッグの中を見たときは入ってなかったよ。」と、じゃあ銀行で落としているかもしれない。

「私は、もう一度銀行に行ってくる。あんたは銀行にTELしとって。」すぐに銀行にTELをした。

「今のところは落ちてもないし、届け出もされていない。」とのことだった。

「あれをなくすと大変なことになるのだがなー。落ちてたらだれか届けてくれないかなー」と頭を抱え項垂れて座っていいる足元見たら、黒い袋が落ちている。「あっ、あったぁー」すぐ嫁にTELをしお互い安堵したのだが、原因はバッグのファスナーをしめていなかったようだ。

あれだけ緻密で用心深い男と言われていたケンちゃんが、やっている事がちぐはぐだ。歳のせいにはしたくないが、本当に気を付けなければいけないと思っている。

もちろん今夜は、「針の筵」であった。  


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2018年10月08日

親友の誕生日を質素に祝う

9月末から今月の初めにかけて大型台風24号、25号と、続けて日本列島に襲い掛かった。関西空港の冠水やその橋桁にタンカーが流されて追突し通行不可にしたのは記憶に新しい出来事である。

その事があったからであろうか、久玉湾の沖合いに貨物船が1隻碇を下ろしていた。台風の時、大型船舶は岸壁に避難せず沖に碇をおろしてやり過ごすそうだ。

台風前と後の写真である。





天草はそれほど被害もなく良かったと思っている。又、台風が来て楽しいこともある。それは天空の碁会所だ。台風の前後は絶好の碁打ち日和と皆さん集まってこられる。ストレス解消にはもってこいの場所だ。





台風24号が過ぎた後、念願の屋根と雨戸井の修理をしてもらった。



台所の水流し台も一式取り換えた。この流し台は37年間使っていた。





気にはなっていたのだが、前の女の子が「ボロッチィー」と言ったので踏ん切りがついた。

10万円くらいはするだろうと思っていたら、その1/3で済んだ。「わぁーもっと早く変えればよかったぁー」そこへ弟の方もやってきた。「おじちゃん」と、今が一番かわいい時である。




10月1日、かわいいという言葉とは無縁の友人の誕生日だった。二人で「ちゅうぼう隆」を一間貸し切り、祝杯を挙げた。




人生百年、その3/4を生きられた。今も現役で仕事をしておられるところが立派だ。

それに比べ、私は意志薄弱で虚弱体質の役立たずである。

喜寿まであと2年頑張ってもらうか。  


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2018年10月06日

牛深東小学校体験学習

9月28日牛深東小学校の3年生15名が当店に体験学習に来た。

近年恒例になっているようである。牛深には多くの蒲鉾があるのに、選んでいただいて光栄の至りだ。

工場に来てまず子供たちがびっくりするのは、切断機の音である。




ガッタン、ガッタンとリズムよく大きな音とともに蒲鉾がベルトの上で切れていく。その作業風景を見た後で質疑応答に入る。






10種類の商品があることと、1日の生産量は4000本ですと言ったら、みんなびっくりしていた。その後、蒲鉾をつくる体験に入ったが、切断機が怖くて近寄れないという子もいた。




まず蒲鉾に触る体験をし、そのあとチーズ入り蒲鉾の作り方の実習に入った。まず工場長の充君が作り方のお手本を見せた。これが難しいのよねー。







みんな初めての生蒲鉾に悪戦苦闘したが、慣れてきたら笑顔になっていた。自分の作った蒲鉾に数字を入れて完成だ。ではプロの作っているところも見ましょうと言って作る作業を見せた。そのスピードに皆目を見張った。

その日の午後みんなが作ったオリジナルチーズ入りくんせい蒲鉾を小学校に届けた。数日後、3年生の皆さんの御礼の感想文が届いた。





私の朝5時~午後5時までの労働時間、蒲鉾の種類の多さ、機械の多さ1日の生産量、そして作業の早さなど、それぞれ見て感じたことが書かれていた。その中に当店が有名なってほしいという励まし言葉もあった。

来年でこの道50年になりますが皆さんのこういう励ましの言葉に私は支えられ、今日まで至ったかもしれない。

この子たちが大人になって、県内県外に出ていかれ自分の故郷に日本のどこにもないくんせい蒲鉾があることをまたその蒲鉾を自分は作ったことがあるということを他県の人に胸張って自慢できる蒲鉾店であり続けなければならない。もう一言、「この道一筋50年」ここまでこれたのはひとえに私が健康だったからである。
  


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2018年09月16日

秋風吹く五丈原

暦の上では、秋だが、まだまだ日中は残暑が厳しい日々が続いている。

北海道地震の2日前、家のエアコンが壊れた。

修理できればと願って電気屋さんに頼んだ。基盤を取り寄せるために2日、それでもだめで、もう片方の基盤を取りに行き、3日目、それでも動かない。「コンプレッサーがやられている。これは新しいのに換えなければ駄目だ。」と、すぐに発注したが、取り付けるまでに3日、計6日間、団扇と扇風機で過ごさなければならなかった。熱中症が頭がよぎる。しかし北海道で地震に遭われた方々のことを思うと、そう贅沢は言えない。

そんな中、我が家に栗が届いた。



高校時代の恩師からであった。「もう今年が最後かもしれない」と言われてもう3年目、毎年送っていただいている。有難いことだ。

近所や従業員さんたちにも、旬のものだから少しずつお裾分けしてやった。残りは渋皮煮や栗ご飯にして思う存分栗を堪能した。





美味しいー!だが幸せは長く続かない。

現実に目をやると、8月に工場のエアコンと、給湯器が壊れ、今度は団地のエアコン。工場の軒先と雨戸井の修理、冷蔵庫の室外機の交換、消費税の中間納税等々、まさに四面楚歌。

世の中は俺が打ち出の小槌でも持っているとでも思っているのだろうか。秋風吹く五丈原、このまま朽ち果てるのか。

そんな時、朗報が舞い込む。高島屋の熊本おせちの3選とKAB元気フェスタのオファーだ。




まだまだ天は我を見捨ててはおられぬようだ。心から感謝申し上げる。

一歩ずつ前進して血路を開く以外はない。  


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2018年09月03日

全国の主婦連に告ぐ

斉藤哲夫に「されど私の人生は」という歌がある。

吉田拓郎もカバーした曲だ。その一説が頭から離れない。

♪長く暑い一日が終わり、振り返える時はすべて灰色に、心の中は荒れ果て尽きて、先を見ることさえ苦しみ覚える♪と。

「私たちは、火を使う仕事であるので、仕事の時は熱いのは当たり前だ。毎日ではないので我慢できる。」と従業員の一人に労をねぎらって言ったつもりだったが、「私たち主婦はどんなに熱くても、朝夕の食事の支度を毎日しなければならない。男にはわからないでしょうこの熱さは。」と、





毎日夕方に帰宅し、御膳の前に座り、食べるだけに準備してある。それが当たり前だと「のほほーん」としてきた小欄だが、その一言に打ちのめされた。確かに正論である。

ここに野郎どもを代表して言わせてもらう。

「全国のご主婦の方々、このくそ熱い中、毎日の食事の支度、本当にご苦労様でございます。心より感謝申し上げます。アリガトォーウ。」

小欄も明日から悔い改めしないと。

歌は続く、♪されど私の人生はーされど私の人生はー♪  


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2018年08月30日

足がつることは、首を吊るよりも痛い

8月26日、父の25回忌、母の17回忌、叔母の17回忌を従兄と合同で行うことになった。

本当は昨年だったが、私がうっかりしていて、12月末の祥月命日にお参りに来られた時、ご住職から教えてもらった。「あー、やんぬるかな」

今年に入って、法事のタイミングを考えていたが、母の妹のおばさんも1年違いで亡くなったのを思い出した。

長島町にいる従兄に連絡したら、それはいい、一緒にやろうということになった。










法事と言ったら、昔から親戚中が集まり、精進料理を手分けして作ったり、配ったり、近所の人も接待したりして、亡くなった人を供養するとともに、親戚の横のつながりを、確認するのが法事だった。

今は親戚も少なくなり、近所の人もいなくなった。若い世代の人たちは、法事すらしなところも増えてきている。

次回33回忌まで、7年、このメンバーが1人も欠けることなく、お参りに来て下さることを願おう。少し肩の荷が下りた

この頃夜中に足がつる時がある。熟睡中でもその痛さですぐ目が覚める。

今年亡くなった歌丸さんが、高座の枕に、「私はよく夜中に足がつります。足がつることは、首を吊ることよりも痛いですなぁー」

さらに、「このことは世間の人には絶対言わないでください」と。

亡くなってすぐ特番で、全国放送された。さすが噺家、亡くなってからも笑わせてくれる。
  


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