2017年03月28日

四半的弓道競射牛深大会が、総合体育館で行われた。

今月、イベントがいっぱい詰まっている。

3月26日、牛深総合体育館で、県内愛好者で競う、四半的弓道大会があった。



関係者の人から、出店のオファーがあった。

産直隊から2業者が出店した。

四半的弓道は、聞いてはいたが、競技を見るのは、初めてであった。

主催である牛深代表者からの開会のあいさつがあり、競技場の注意も伝えられ、いよいよ試合開始である。






その前に、四半的の作法と言うか、奥義と言うか、模範演技が披露された。。ご覧いただこう。







その間、会場は水を打ったのようにシーンとし、皆その演技に見入っていた。

その後、競技が行われた。県内の多数の代表が集まり、会場も盛り上がった。

5本ずつ、6回、30点満点で競う試合の様子をみていただこう。







皆さん年配の方が多かったが、和気藹々で、楽しそうに競技されていた。私も勧誘のお言葉がいくらかあった。

まだ現役で仕事をしている身なので、返事は差し控えさせてもらった。

(心の中では、少し興味はあったが。)

今日の競技を見て、感じたことは、四半的も囲碁もやる人が皆高齢者になり、底辺が育っていないという事。それが一番の悩みだろう。



おかげで、今日は、カマボコもたくさん売れました感謝しています。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:58Comments(2)

2017年03月21日

キビルフェスタ2017 長島編

今回のブログは、愚息が書きます。といっても、毎回打ちこむのは私なんですけどね。

3回目となる、キビルフェスタですが、今回、初めて業者として参加しました。

それも、牛深と長島の両会場で出店するということでした。そんなことが出来るのもうちくらいなものでしょう。

長島での会場は、杉本酒造さんの所でありました。





会場の準備の様子です。たくさんの店舗が、出店していて驚きました。



これが、ステージでの催しです。常にステージで何かやっているわけではないため、長島に行っても何もなかったっていう声もあったそうですよ。






こちらでも、MONECCO5のメンバーが歌とダンスのパフォーマンスをしてくれました。

こちらは、3人でしたが、会場は盛り上がりましたよ。

ステージ横のお店が、ジャークチキンを焼いていたため、煙がひどかったです…。

住吉社中の写真が曇ってるのは、煙のせいですよ。



この写真で、あいさつをしているのが、杉本酒造の杉本さんです。

こうしたイベントを企画したり、会場を提供してもらい、とても感謝しています。お疲れ様でした。



こんな感じの長島会場でした。分かりにくかったですかね?

この次、何か私が売り出しに行くことがありましたら、こうして書きたいと思います。ではでは~  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:09Comments(0)

2017年03月21日

キビルフェスタ2017大成功と、影になった誕生日

昨日、「キビルフェスタ2017」が牛深と長島で開催された。

去年はどしゃ降りで、惨敗だったと聞いた。

今月の初めに産直隊の会議があったおり、「今年のイベントが成功するか否かは、実行委員会のあなたたちの日ごろの行いにある」と、私は言った。

当日は好天気に見まわれ、絶好のイベント日和になった。その会場の様子をみていただこう。



最初、餅投げがあり、会場は多くの人で埋まった。

餅に紛れて、吉永パンも投げられた。



さすが、実行委員会の会長、「なかなかやるな!」

天草内外から多くの出店業者が店を出した。






3時過ぎごろ、天草出身のアイドルグループ『MONECCO5(モネッコ・ファイブ)』が、ステージに登場した。初めて聞いたし、初めて見た。


会場は、華やいだ。大変盛り上がり、無事イベントも終わった。

当日は嫁の誕生日であった。長島へ行っていた息子たちの帰りを待ち、予約していた某お食事処へ向かった。

最初に出された刺身を見て、私は愕然とした。これほどひどい刺身は見たことが無い。しかも1人前1200円。私は、温厚な人間と自分で思っている。あとは、注文せず、皆ここを出るよう指示した。

可哀想なのは、嫁であった。験直しに2人で、ちゅうぼう隆に行くことになった。

今日誕生日のことを告げると、お店の方からアイス「をプレゼントされた。ありがたい。私の怒りが少しずつ治まっていくのを感じた。

その後マスターが、隣の席に来て、「職人とは」のうんちくで話に花が咲いた。


長い一日が終わった。嫁が今日で何歳になったか思い出せないまま眠りについた。

次回長島会場を息子が伝えます。
  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:02Comments(3)

2017年03月19日

「キビルフェスタ2017」告知と、事故発生

今日は、普通に起き、普通に仕事を始めた。

9時半すぎたころ、救急車とレスキューのサイレンの音が聞こえて来た。

工場の前で音が止まった。

「うん?」と思った。野次馬根性が芽生えた。いてもたってもいられず、ケータイをもって道路に出た。

「あぁ、やっぱし」軽トラックと普通乗用車がぶつかっていて、軽トラは右側道路に止まっていた。




軽トラの男性が右手を押さえ救急車に収容された。

歩いて担架に乗られたので、心配なさそうである。

近頃、高齢者の事故が頻繁にニュースで報道されている。年齢にかかわらず、運転者は、一層身を引き締めなければならないと実感した。

話は現実に戻りますが、今日は「けんちゃん削りぶし」を、詰める作業をした。




蒲鉾を削り節にしようと思う人は日本広しと言えど、あまり聞いたことが無い。しかもくんせい蒲鉾だとなおさらである。

どこの店でも買うことが出来ない。幻の削りぶしである。イベント会場か、ホームページか、直接工場に買いに来てくださるしかない。希少価値のある一品だ。

明日は牛深と長島で同時に、「キビル(牛深弁で結ぶ)フェスタ2017」が開催される。

牛深は、海彩館周辺。長島は、杉本酒造の場所であります。

当店は、長島と牛深の二手に分かれて出店します。

次回はその様子を伝えたいと思います。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:08Comments(0)

2017年03月16日

益城復興市2日目

午前中は、晴れていたが、急に曇りだした。

牛深からハイヤ踊りの桃の会も出演した。





この中に私の同級生、なおみ、はるな、せい子と3人のおば・・・失礼お姉さま達がいる。

パワフルな三姉妹だ。

午後前から雨がぱらつき始めた。それまでにぎわっていた会場も、閑散としてきた。



最後に益城町出身のバンドで、川村バンドという、サザンオールスターズのコピーバンドがとりを飾った。

行列のできる相談所とか、色々テレビで有名になったバンドと聞いた。



確かに上手だった。

やがて、震災から1年になるが、みんな影になり、日向になり、益城の復興を願っているのは間違いない。

私たちの応援が益城町の人たちの負担にならないよう、パフォーマンスではなく、そっと、しかもずっと応援するのが、本当の復興支援になると私は確信している。

話は昨日に戻るが、冷酒を飲み過ぎたせいか、腹の調子がおかしくなってトイレに行きたくなった。

嫁が、4Fのコインランドリーに行くといい出て行った。30分はかかるという事で、安心してトイレに入った。

しばらくしてノックの音が聞こえた。

オートロックを忘れていた。幸いにしてケータイをズボンに入れていたので、内と外の様子を伝えることが出来た。

4Fは寒いという事だった。

ズボンを上げながら、私にはどこへ行っても安住の地はないと思った。

部屋はオートロックだったが、全くしまらない話である  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:07Comments(1)

2017年03月08日

第1回益城復興初市

一昨日、益城復興初市に参加した。

去年までは、木山初市でにぎわっていた。

毎年呼ばれている。今年はないだろうと思っていたが、復興初市と名を改め、町総合体育館前の駐車場で行われた。

総合体育館は当時、避難所になっていたが、一年たってもご覧の通り、地震の爪痕がまだ残っています。




今日の催しを放送しようと、各放送局が来て、復興市場の賑わいぶりを伝えたらしい。




天気も良く素晴らしいイベント日和だった。

毎年一緒にやっていた木山初市だったが、今年はここでは店を出せなかった業者さんや、テキヤさんたちもあいさつに来てくれた。

嬉しかった。彼らは、皆、義理堅い。

産直隊は、私と清福丸と2業者で参加した。



会場の様子をご覧いただこう。蒲鉾の売れ行きもよく、人吉に行っていた息子たちに売れ残った商品を急遽持ってきてもらうことになった。





無事何事もなく宿舎に帰る事となった。

大津のAZに毎年泊まっている。下にジョイフルがある。

私は、天草にいる以上、絶対ファミリーレストランには行かない。しかもタクシーを使ってまでは飲みに行かない。




ただここの冷酒だけはうまい。酒だけに調子に乗って飲んだ。

ここで終わらないのが小欄である。またやってしまった。

部屋に帰ったら、腹の中で、ピーヒャラピーヒャラと祭囃子が聞こえて来た。

今日は、税金の申告に追われ、大変疲れていますので、次回、この続きをという事で終わります。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:39Comments(0)

2017年03月03日

ゾロ目の誕生日

昨日は、久しぶり家族とともに、居酒屋ちゅうぼう隆に行った(酒場放浪記ではない)。

実は、3月1日は私の生誕66年の日だった。66歳になって変化があるかもしれないと期待していたが、オールナッシング。何も変わらない。

100歳まで生きる通過点に過ぎない。


そんな私に家族がささやかな誕生日を祝ってくれた。ちゅうぼう隆さんからも生ビールの差し入れがあった。




恐縮した。私は、周りの人が支えてくれないと、生きていけない人間であると思う。

百歳まで生きたとき、周りの人が何人支えてくれているのだろうか。

百歳になったとき、このブログを見てくださっている方々のコメントが、楽しみだ。

それまでゆっくりと生きていきたいと思います。


明日は、人吉と益城に行ってきます  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:43Comments(2)

2017年03月01日

三角ふるさと感謝祭

今年も「三角ふるさと感謝祭」に呼ばれた。毎年「三角海洋センター」で行われている。



産直隊の清福丸と、2組で出店しました。




この施設は、日本ボート協会の笹川会長が、寄付されて建てられたものだという。そこに記念碑が建ててあった。

ふと見たとき、永六輔の言葉かと思ったが、よく見ると、水六訓と書いてある。


5年目にして、やっとわかった。紛らわしい。

当日は天気も良く最高のイベント日和だった。

アンパンマンショーをかわきりに、長渕剛の物真似バンドや、黒砂糖作りの実演、餅つき大会など、色々な催しがあった。









豚汁の無料配布もあって、人も多かった。

ビンゴゲームや、地元「うき神輿」のよさこい踊りも披露された。

メンバーを紹介します。この5人です。


リーダーが、メンバーを募集しています。とのこと。

今年は宇城市になって20周年目という事で、最後、餅投げで無事に2日間が終わった。寒かった。


南国牛深育ちには、体にこたえた。

「春は名のみぞ、風の寒さよ」とつぶやいてみる。

  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:32Comments(1)

2017年02月24日

地方巡業始まる

工場の椿もほころび始めた。




この花が咲きだすと、当店の地方巡業が始まる。

今年もグリーンセンター三角から、「感謝祭」のオファーがあった。

明日から2日間、三角のB&G海洋少年施設で、いろいろと催しがあり、人も多い。


去年の様子はこちら


今年で5年目になる。天気は大丈夫のようだが、私の体に異変が起きているようだ。

今日、前歯から右へ3番目の歯の根元が化膿して、右ほっぺたが腫れ上がっていた。

3日前から痛んでいた。

本渡の中村口腔外科で切開してもらい、2針縫った。

「今日は酒は飲むな」と言われ、素直に飲んだ。・・・じゃなくて、流石に飲まなかった。

右ひざには、水がたまり、腰痛は慢性化している。冒頭に、椿もほころびと書いたが、これから春というのに、私の体は、年齢とともにほころびだしている。

  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:18Comments(1)

2017年02月19日

夕日と牛深八幡宮の改築現場パート2

先日、望洋閣では、大変な醜態をお見せ致しました。深く反省の日々を送っています。

その時に撮った写真を一枚掲載するのを忘れていました。




正面玄関を入ってすぐ、立派なひな壇が飾ってありました。

もうすぐ桃の節句。人吉ではひな祭りにちなんだイベントが行われています。

当店も、3月4日、人吉のひな祭りにハイヤ踊りの桃の会のお誘いで、産直隊3業者で出店します。今年で、4年になります。

人吉では海産物が好評で、特に牛深という事もあって、毎年売れています。人吉の皆さん、息子たちが行きますので、よろしくお願いします。


さて、話は変わりますが、上棟式から1ヵ月になりますが、牛深八幡宮の改築現場の進行状態をお伝えします。





だいたいの外観が出来上がっています。

絵でいうと、下書きが終わり、色を塗り始めたという段階です。

ちょうど、夕暮れ時で、夕日が沈むのもとらえる事が出来ました。




静けさの中で見る夕日は美しく、幼少の時からの光景は今でも変わることなく、脳裏に焼きついています。

私が海や山の見えない都会に住めない原点になっています。

いつまでもこの美しい夕日の見える天草であってほしいと、願ってやみません。

牛深八幡宮の改築工事から完成まで逐次小欄で伝えていきたいと思います。

以上現場からでした。

  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:02Comments(2)

2017年02月15日

事情通の話

昨日、下田の望洋閣での話を書いた。

中学時代に、下田先生という人がいた。あだ名は、「ゲタサン」と呼んでいた。

望洋閣も下駄をそろえていたので、粋な計らいだなと、思っていた。

この人は、下駄を履く前に、言葉をはき違えていたらしい。

  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:37Comments(0)

2017年02月14日

悲劇の新年会

昨日、我が牛深ハイヤ産直隊は、新年会を兼ね、望洋閣に一泊旅行となった。

先週末の寒さも嘘のような、小春日和だった。

午後4時出発、5時に着いた。しばらくすると、アナウンスで今が一番夕日の沈むのが見頃ですと館内に放送された。

見ていただこう。





県外から来られた方々には、感動的なものだったに違いない。

皆、大浴場で一っ風呂あび、宴会に入った。

若女将さんがあいさつに来られ、写真もお願いした。





みんな、これ以上の笑顔はないといった表情である。

料理も品数が多く、食べきれないほどであった。




隊員の一人から「少し酢の物が多いじゃないか」というクレームがついた。

確かにとは思ったが、黒霧島でさらりと流した。



宴会も和気あいあいの内に終わり、めでたしめでたしと思っていたが、この後悲劇が待っていることは予想もしなかった。

二次会に行こうという、有志が2,3人いて、最初は断ったが、送り迎えがあるというので、カラオケに行った。

浴衣を着たままだったので、よせばいいのにホテルの下駄を履いていった。これが不幸の始まりだった。

迎えに来たカラオケのママさんが、帰りも送ることになっていたが、仲間の一人が「あんたも飲めな、俺たちは歩いていくで」とママさんに飲ませてしまった。

ま、その時はタクシーで帰ればいいじゃないかと気にも留めなかった。カラオケは盛り上がり、帰る時間になって、「タクシーを呼んでくれ」と言った。

下田にはタクシーはないという。一瞬青くなった。寒空に放り出された。

皆俺より若いから、さっさと歩いていくが、下駄を履いているし、腰が痛いし、右足には水がたまっている。しかも下駄の鼻緒が緩くて何度もこける。

浴衣姿だから寒い。見かねたルモンドの橋本さんが、肩を貸してくれた。

寒空に下駄の音だけが、響き渡り、やっとのことで望洋閣に着いた。

だが、事はこれでは終わらなかった。

部屋に帰ったら財布を落としているのに気がついた。さー大変、着物を着がえ、嫁に運転を頼んだ。

望洋閣のフロントの人、警備員の方々に、車を出せるよう手配してもらい、来た道を急いで探した。

「あった」

車から降りてみると、わが財布である。

財布が言う「酷いじゃないか、寒空に置いていくなんて」

「俺の財布だろ、寒さには慣れているじゃないか」と俺も言う。でも良かった。

フロントの人も喜ばれた。部屋に帰り、眠りにつくことになったが、針の筵に寝ているようだった。

事情通の話
この男が旅に行って、何か物事をおこさないことはない。懲りない男である。「ちった馬鹿じゃかー」  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:41Comments(3)

2017年02月11日

座ハイヤ

今日は、雪が降ってとても寒い一日だった。

「けんちゃん今日は、座ハイヤだから来んばね」と言う、桃の会の副会長から、TELがあった。

井上会長のあいさつで座ハイヤは今年で11年目になると言う。

それまで何も気にとめていなかったが、牛深が豊漁で沸いた昭和40年代を思い出した。

一ヶ月漁に出るが、月夜になると、牛深港に帰り、一週間位休日になる。

当時の漁師は、羽振りもよく元気が良かった。

みうら屋、紅くん亭、昭明、昭鶴、等々の料亭で漁師の酒盛りは、三味線太鼓でどんちゃん騒ぎだった。

商店街は、早めに店を閉じ、公務員は月の夜は飲みに行かなかったと聞く。深夜になるとあっちでもけんか、こっちでもけんかであった。

そのどんちゃん騒ぎを後世に伝えている地区が牛深加世浦地区にあるという。「えびす会」である。

会員25名、70歳くらいが3名、75~83歳、皆高齢者で、平均年齢は75歳くらいだ。





オープニングに和太鼓が披露された。



乾杯の後、昔、牛深で結婚式の当日は、婿の方から嫁さん方に酒樽と鯛を担いで、男性が女装して歌に合わせて踊りながら、迎えの口上を述べに行く習わしがあった。これを樽持ち又は、鯛持ちという。




歌は「磯節」踊りもうまい。下手な役者はかなわない。

運よく「えびす会」の席に、座らせてもらった。皆、ユーモアたっぷりの高齢者である。

もと漁師が大半。踊りに型はないと言う。みんなその場で即興で踊る。唄に合わせ、三味線と太鼓、手拍子だ。さあ、開演だ。






飛び入り歓迎、タオルを首にかけられた人は、必ず踊らなければならない。


最後は、ハイヤ踊りで終わった。




私は思う。えびす会の人々の屈託のない笑顔、どうやったら人を楽しませられるだろうかと口には出さないが、皆、天性のユーモアを持っている。これは、牛深の宝。国の無形文化財に匹敵すると言っても過言ではない。

今回は楽しませてもらった。ただ、心配なのは「明年、この会、誰か、健なるを、いづくんぞ知らんや」

皆さんご高齢である。来年も全員欠けることなく会えるよう願うのみだ。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:50Comments(1)

2017年02月06日

プロポーズの言葉

天皇陛下が、皇太子でいらっしゃった頃、美智子様にプロポーズした言葉をある新聞の欄で読んだことがある。

「柳行李(やなぎこうり)一つで来てください」と、今風にいうと、「スーツケース一つで」ということだろう。

記事によると、ご結婚から42年後、平成13年に68歳の誕生日を迎えられた、記者会見の席で「私が、柳行李一つでと、皇后に結婚を申し込んだと今も言われていますが、私は一言も口にしていませんでした。」と

情報の誤りをやんわりとたしなめられたと書いてあった。

否定はされたが、私は火のない所に煙は立たないと思っている。本当であっても天皇の口からそうですとは、言えないだろう。

そういう所に天皇の魅力を感じ、ひとり「ニヤリ」として、幸せ感に浸っていたのだが、ふと横を見ると、傍らに我が皇后さまが焼酎を枕に討ち死にしているではないか。




「あぁ、やんぬるかな」天下泰平の女(ひと)である。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:11Comments(2)

2017年02月04日

節分

今日は節分。節分といえば、豆まきだが、近年、恵方巻という巻き寿司を「ある方角を向いて食べると幸せになる」という事らしく、関西から伝わったらしい。

テレビで、この恵方巻シーズンになると、大手コンビニメーカーが従業員に「ノルマ」を課していたことが報道で伝えられた。

目標を定めるのは良いが、それを達成できなかった人には、ペナルティを科すというのはおかしい。経営者としては、疑問に思う。

バレンタインデー、クリスマスケーキ、土用の丑の日、恵方巻とシーズンが来ると、それに携わる従業員の方々は、戦々恐々としているに違いない。

今日は節分であるとは知っていたが、歯が痛くて急遽、本渡の中村歯科に行くことになった。

中村歯科に入っていこうとしたら、恵方巻の旗を持って、赤鬼が立っているではないか。



桃太郎にいじめられ、節分になると豆を投げられ、それでも恵方巻を売らなければならない。鬼はあわれである。幼いころ読んだ「泣いた赤鬼」を思い出す。

歯の痛さから、今日は大きな口を開けて頬張ることはもちろん、酒を飲むこともできないと思っていたが、恵方巻が一口サイズに切ってある。




これを大分の「邪馬美人」で流す。豆はないが、福は内、金は外と叫んでみる。気のせいだろうか、痛みが無くなった。

  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 00:21Comments(0)

2017年01月22日

牛深八幡宮の上棟式

昨日牛深八幡宮の上棟式が行われた。

絶好の天気である。今日でも一昨日でも行われていたら、荒れた天気で大変だったに違いない。



そこは神様、流石だ。

午後2時、神事が行われた。宮司さんが神様に祝詞を奏上し、氏子関係役員、工事関係者の人たちにお祓いをされた。






その後、宮大工棟梁の岩下さんが屋根に上がり上棟式が行われた。


古式ゆたかな上棟式の飾りが目をみはった。生まれて初めて見た。本当の飾りである。

棟梁の合図で、屋根の最上部の要のはりが打ちこまれた。

その上空を一筋のロケット雲が横切っていったことを私は見逃さなかった。


各地の八百万の神様たちも見学に来られたに違いない。

神事も終わり、いよいよ餅投げである。

今年の年男年女が、屋根に上がり、氏子、工事関係者も後に続いた。

境内の中にはいつの間にかギャラリーも増え、所狭しとその時を待っている。舞台は整った。



棟梁の合図で、餅投げが始まった。






大量の餅だ。写真を撮っている自分の足元にも飛んできた。

祝い物だ。私も拾うことにした。

天気に恵まれ、無事上棟式は終わった。宮司さんのお話では、174年ぶりの改築工事との事だった。

来れなかった方々も是非この写真を記憶にとどめ、落成式まで皆さんと一緒に見守っていけたら幸いと思います。



完成は6月頃だと聞いた。
  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:31Comments(2)

2017年01月19日

今年は酉年

朝起きて、駐車場に向かっていたら、おびただしい鳥の群れが電線にとまっているではないか。






ヒッチコック監督の「鳥」を思い出させる。天草中の鳥が集まっているようだ。非常に不気味な光景だった。




この柿も1本の木にたくさんの実がなっているが、ほったらかしだろうか、1月に入った今でもこの状態である。これも不気味だ。


業界団体が定める記念日に、「日本酒の日」がある。

酒という字のつくりの「酉」が十二支の10番目にあたるという理由から、10月1日をその日にしたらしい。

燗酒を友にしたい季節である。鍋物があれば言うことはない。

ネギやダイコンなどは、冬の寒さに触れて甘みを帯び低温から身を守ろうと自ら糖分を増やすという。

野菜ほど強くない人間が、寒風より酒を友とするのをご理解願いたい。




  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:49Comments(1)

2017年01月17日

牛深八幡宮の改築現場(パート1)

年始に牛深八幡宮の改築を、完成するまでブログに掲載することを本年の目標にあげた。

昨日、八幡宮に行く用事があって、宮崎区に足を運んだ。

外は、事故防止網で囲われていたが、許可を得て改築現場を撮影することが出来た。

ご覧いただこう。










神社やお寺は何百年に1度建て直しをすると聞く、その舞台裏を写真に撮れたことがとてもうれしく思う。

次に建立する時までは現在牛深に生きている人は、ほとんど亡くなってしまっているだろう。

今、その現場を現実に生きて撮影できることを、その現場を後世に伝えられることを、私は誇りに思う。

完成までの改築工程をブログで逐次伝えていこうと思っている。  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:59Comments(0)

2017年01月16日

空腹は最高の料理人

昨日、宇城彩館の商品が欠品しているので、松橋までのぼることになった。

出発が遅くなったので、着いたのは午後5時過ぎだった。

今日は仕事は休みにしていたので、新年のあいさつを兼ねて、男の隠れ家「こめや」に泊まることにした。

途中でもらった「はっさく」をおすそ分けで女将さんにやると、「ここに飾るのが欲しかった。」と、その場で、受付カウンターに置かれた。

それがこれだ




なるほど、これなら風情がある。

震災後、夕食は出していないという事で、外食になったが、行った先々が休みで、こめやに戻り再度紹介してもらった。

暗くなった知らない町を、言われた目印を見つけながら歩くのは、高齢者にとっては大変だった。

牛深でも歩いたことのない距離を歩いて着いた時には、へとへとだった。

「蔵屋敷」と言う店である。名前からしてきっと期待を裏切らない料理が出るだろうと思って入った。

洒落た店内だった。料理をオーダーし、ブログ用に写真も撮ったつもりだった。




だが、食べてみたが平凡な味だった。

「空腹は最高の料理人」と自分に言い聞かせながら、ビールと島美人で流した。

店を出て、愚痴りながら、歩いていると後ろから、

「お客さーん、帽子を忘れていますよ」追っかけてきたのは、店主の息子さんである。

嫁の帽子だ。これで上記で書いたことはチャラになった。

しかも写真もこれ1枚しか写っていない。あーあ今年1年が思いやられる  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 23:53Comments(0)

2017年01月04日

短かった正月三が日

あけましておめでとうございます。


正月は、久しぶり休めると思って、酒も仕入れ、万全の態勢で臨んだつもりだった。

紅白歌合戦の後、寝ようと思っていたが、何か面白い番組はないかと、チャンネルを回していたら、「ゴッドファーザー」をやっているではないか。

しかも、深夜0時から朝の9時まで、パート1~3までノーカットだ。

4時までは見た。感動した。だが、もう正月になっているので、やむなく床についた。

朝から酒を飲めるのは、正月以外にない。

北海道の酒「男山」は美味かった。




初日の出を見られなかったので、夕日をと思って外に出たが、もう沈んでしまっていた。



1月3日は我が家では初詣の日に決まっている。

八幡宮に行ったら、神社の改築が始まっているではないか。迂闊だった。



家族全員でお祓いを受けた。

その後、新車のお祓いをしていただいた。





だが、この車、健軍イベントの際、横をこすっていた。

もう少し早くお祓いをしとけばと思ったが、後の祭り、今年はこの神社の改築工事を逐次お伝えしよう。

小欄をいつも見ていただいている皆さん、本年もよろしくお願い申し上げます。
  


Posted by 貝川蒲鉾店  at 22:44Comments(2)