2018年12月02日

友遠方より来る。また楽からずや!

先月の上旬、嫁の方で法事があった。大分の妹も帰ってきた。妹婿が「兄さん、お土産」と言って、長崎の焼酎の小瓶をもらった。もらって贅沢は言えないが、日本酒の4合瓶1本の方が嬉しかっただろうにと内心思ったが、「せっかくだから、飲んでみるか」





まずは、枇男枇女からロックでいただいた。湯吞み半分が一本分だ。枇杷の香りがするのかなと思ったが、全然しない。次のを飲んでみた。何も味がしない。そこで気が付いたのだが、氷で割らずに、ポケットウイスキーみたいにそのままチビリチビリと旅先専用の焼酎だったかもしれない。それならうなずける。

11月17,18日、健軍商店街のイベントに出店した。そんな中、北海道の友人から、18日に「牛深に行くから」とTELが来た。ツアーで九州に行くことにしたという。私も30数年前釧路に行ったことがあった。その時大変お世話になった人である。「娘も牛深を見てみたいと言うし、私もこれが最後かもしれない。」という思いから、ツアーに参加したという。

さー時間がない。息子たちに18日のイベントは早めに切り上げ、6時までに牛深に帰るようにと指示し、ホテルの予約、食事の予約をして工場で待つことにした。そして、30数年ぶりの再会を果たした。牛深市内を案内した後、海彩館で息子たちの到着を待った。「さー再開を祝して乾杯。」






娘さん1人おられるだけで場がとっても華やかだった。息子たちに「二次会に行くぞ。」と言ったら、「2日間のイベントで疲れている。」とのことだった。じゃ、我々3人で行くか!と言って、娘さんを誘って牛深の夜の街へ消えていった。

今度は、息子たちが北海道へ行く番だろう。  


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2018年11月22日

結婚と二人の奴隷

この時期になるとススキの穂が白くたなびく。夜になると工場の窓ガラスにロッキー店の外灯に照らされ風に揺れて映る様子は、映画のスクリーンのようだ。





そんな中、先週土曜日、マブダチの所に1ヵ月ぶりに杯をかたむけに行った。




彼は奥さんを亡くされ、今は独り身だが、家に入ると、ゴミ一つ落ちてない。「炊事、洗濯、掃除、みんな自分でしまいばなー、あんたは良かなー」と身につまされる思いだが、その労をねぎらうことも私は忘れない。

先月シルバーマークになられたが、今も現役で仕事に行かれてる。囲碁を愛し、酒を友とし、これからも交友は続くだろう。


先般、天皇、皇后、両陛下による最後の園遊会が行われた。




国民の象徴でもあり、夫婦の模範として、国民から絶大な尊敬のまなざしを受けておられた。
そして今日、津川雅彦、朝丘雪路の合同告別式が行われた。芸能界きってのおしどり夫婦という。

窪田空穂に老境の夫婦を詠んだ歌がある。
「老ふたり 互に空気と なり合ひて 有るには忘れ 無きを思はず」
静かな日溜りにもにも似た境涯だが、難しいのは空気になり合うまでだろう。

「結婚」を以下のように定義したのは、A・ピアスである。
「共同生活体の1つの場合で、1人の主人と1人の主婦と二人の奴隷とから成り、それでいて全部合わせて二人にしかならない状態」(悪魔の辞典)
空気になり合うのと、奴隷になり合うのでは、正反対に見えて実は照明の当て方ひとつ共に結婚という一面を言い当てていよう。
二やっとするご同輩もおられよう。


石原裕次郎の唄「赤いハンカチ」の一節にある、「死ぬ気になれば、二人共、かすみのかなたに行かれたものを」と、
空気とか、霞とか、凡人には目には見えない。

落語のくすぐりに「音はするけど、姿は見えぬ。まるであなたは、屁のような」我々は空気とか霞のような存在までは高みを極められない。屁のような夫婦である。
屁のような夫婦で結構!人生観が漂う夫婦であれば。

皇后さまが一言、「陛下!」  


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2018年11月04日

ハロウィーン

秋晴れが続き、過ごしやすい日々を送っている。

晩秋とは、どこかうら悲しい季節でもある。11月7日は立冬だ、朝晩は冷え込んできている。




そんな中、先月末、渋谷でのハロウィーンが盛り上がっている様子をテレビで見た。どこか我々世代にはいまいちピンとこない祭りである。

その日、工場で留守番をしていると、「トントン」とドアをノックする音がした。開けてみると、「おじちゃん、ハロウィーンのお菓子」と言って、仮装した子供が立っている。牛深で見るのは初めてだ。「うわぁーとうとう牛深まで来たか。」わんぱく盛りの子供だ、衣装が似合っている。

記念に写真を撮らせてもらった。あっ、写真に夢中になり、お菓子をあげるのを忘れてたことを思い出し、「おじちゃんにはいたずらしないでねー」と言って、こっそりお菓子を届けた。









日ごと寒くなり、いよいよ商売の方も本番に入る。忙しくなってきた。我々も年末までの臨戦態勢に入った。

フーテンの寅だったら、「売(商売)の季節になってきた。今だったら阿蘇路か、大分の国東下んだりまで足を延ばしてみるかぁー」と映画のワンシーンを思い出させる季節でもある。

おっと佐賀を忘れてた!  


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2018年11月01日

KAB元気フェスタ2018

10月20日、21日と毎年恒例の「KAB元気フェスタ」がグランメッセ熊本で開催された。

中に入ると去年と少し雰囲気が変わっていた。

いつものスタッフも見当たらない。「アレッ」と思い、知り合いのディレクターさんに私たちのブースを教えてもらった。

「いつもなら、黒木アナとかマサル君があいさつにくるのだが」と思いながら準備をしていると、田中洋平さんがあいさつに来られた。マサル君のことを聞いたら、今年の4月から「駅前サタブラ」が終了し、新しく「くまパワー」という番組に変わったそうだ。

「あー、それで知らない人ばかりなんだ」と現状を理解できた。洋平さんに「マサル君はザギトワにもらわれていないかと思った」とボケたら、「あれは雌犬でしょ。」とマジ答が返ってきた。

「マサル君は女ではなかったかなぁー」と言ってやっと気づき「ハハハ、彼はほとんど女性でいますからね。」と二人で大笑いした。

10時開場でお客さんがどっと入ってきた。

オープニングは隣の阿蘇クララファームが生放送された。






ゲストとして「ガダルカナルタカ」さんが来られていた。映らないよう隠れて見ていたが、テレビを見た人が、のれんは映っていたよと教えてくれた。

11時過ぎたころ、女性グループの歌声が聞こえてきたので、会場視察に一回りすることにした。ステージで「LinQ」が歌っていた。






数年前には私のブースの中に入って一緒に商品を販売してくれた。あの頃はまだ、中高生だったと思う。今は名も売れてきて、サイン会も長蛇の列だった。立派になったものだ。







今年は体験コーナーが多く見られた。









ボルダリングや、食生活支援コーナー、アナウンサー体験コーナーとかに列ができていた。



そこを覗いてみると1人だけ見覚えのある女子アナがいた。舩津アナである。




「あらー貝川さん」と声をかけてくださった。

「写真お願いできますか」と言うと、隣におられた女性ディレクターさんが、「私が撮ってあげます」と言ってツーショットを撮って下さった。





舩津アナはテレビで見るよりも、実物の方がずっときれいであった。

ブースに帰り、しばらくすると、小欄でおなじみの中島夫妻がやって来られた。





ご主人は無口だが、奥さんの方が弁が立つ。そこに洋平さんが通りがかり、写真に納まってもらったのだが、「あーた、この前結婚式で司会をしたろー」「どうしてそれを」と「私も出てた」と、「だっておいの結婚式だもの」「あんとき、あーた………」と中島節炸裂。天下の洋平さんもたじたじであった。いつも当店の追っかけ、大変感謝しています。





2日目は、亀吉つぁんが私たちのブースの前でハンドスピーカーで呼び込みをやってくれた。





「ここは試食通りです。皆さんどうぞ試食していってくださーい。」とそこに岩清水レポーターがやってきて、「あっ、貝川さん。気が付きませんでした。」と隣に声かけられていて、私たちに気が付かれてなかったようで、すぐ、蒲鉾を買っていただいた。私たちは幸せである。






KABの皆さんからいつも温かく迎えてもらって、しかも売り上げにも協力していただいている。感謝感激神あられだ。

そして、今日元気フェスタに最初にオファーしてくださったディレクターさんからお礼の手紙が届いた。「来年もお待ちしています」と。  


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2018年10月26日

整形外来待合室とレントゲン

先日ブログで事故発生を掲載しましたが、先々週の土曜日「松木を取りに来てくれ」と業者さんからTELがあり息子二人を連れて積みに行った。




その時、左足をコネ、その夜トイレのドアで左ひざを打撲し、腫れ上がった。翌日は痛くて、歩けない。市民病院は日曜日で休み。月曜日やっと整形にかかることができた。その時事故に遭遇したのである。

整形外来の待合室で待っていると、看護婦さんが問診票をもって私の横に座った。いろいろ症状を聞いた後、「アレルギーはありますか」と聞かれ、「ないんですけど、綺麗な女性を見ると顔が赤くなるんですよ」と言ったら、私の顔をしばらく見て「全然赤くなっていませんね。残念だわー」とニコッと笑ってくれた。その笑顔がまた可愛かった。

私はこの手のユーモアを解し、返してくれる人は大好き!

しばらくして名前を呼ばれ彼女にレントゲン室まで案内された。中には3人のスタッフがいた。最初は1人で撮っていたが、あとの2人も加わってきた。

技師がカメラの位置を調節するため動かしていたら、「ゴン」と大きな音がした。慌てて「大丈夫?頭は打たなかった?」と女性スタッフに言われると、「大丈夫です」と言った。私が、「気持ちはわかるけど、仲間割れはするなぞー」と言ったら、みんな苦笑した。「はい大きく息を吸ってー。」「ハイ、今度はこちらを向いてください。」「ハイ今度は位置を変えて撮ります。」「ハイ終わりました。」と言われたので、一言「モデルになった気分だったよ。」と言うと、「ハハハ、スーパーモデルですね。」と言って返してくれた。嬉しい。

診察室に入って、レントゲンに異常はなかった。左足膝に水が溜まっているようだ。抜きましょうと仰向けに寝せられた。

「先生痛くないように打ってくれよ」と言って腹の上でアーメンのおまじないをした。すると痛くなかった。

「うん?水じゃないね、血が溜まっているね。何かで打った?」とドアで打ったことを白状した。

水曜日までに痛みが治まらなかったら、グランメッセにはみんなで行くように指示を出した。

すると水曜日の朝は、歩くのはぎこちないが、痛みも取れてきた。薬が効いてきたようだ。

やっぱり元気フェスタは俺が行くしかないだろう。毎年出店オファーをしてくださっているKABスタッフの期待を裏切ることはできない。






次回「KAB元気フェスタ 奮闘編」に乞うご期待。  


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2018年10月19日

「何者かに見られている」と元気フェスタ告知

この季節になると、秋空に太鼓や笛の音が響き渡る。

牛深は牛深八幡宮の秋祭りを皮切りに、久玉、魚貫と一週間おきに続く。





また、秋の風物詩「からすみ」漁が始まり、昨日からすみ(ボラの卵)を取り出した後のボラが工場に運ばれてきた。




これを廃棄処分するのはもったいない。今年は、万引(シイラ)が取れなくて困っていたところだった。鰺と混ぜて使うと良いくんせい蒲鉾が出来るんですヨ。

そして、今日、先週末親戚に不幸があり、葬式に出席する予定だったが、その前日、足を痛め、出席できなかったので、改めてお悔みに行ってきた。

帰り際、「お茶でも」と言われたので、いただきながら、故人の昔話で話が弾んだ。

すると何かに見られているような気がして、ふとサッシ窓の方に目をやると猫がこちらを見ているではないか、



一瞬びっくりした。「中へ入れてくれ」と言わんばかりだ。外に出たら、近所の猫だろうみんな集まってきた。





BSで「世界ネコ歩き」という番組があるのもうなずける。




明日KABの「元気フェスタ2018」がグランメッセであります。そこに出店します。

足の痛みも少し和らぎ、なんとか行けそうだ。皆さん、時間があったらKABを見てください。  


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2018年10月17日

事故発生とボケ発生

月曜日、朝8時前、市民病院の順番取りに工場を出た。

警察署の前から、事故処理車が私の前に入ってきたので、その後を走った。赤色ランプは回ってない。

睦見橋交差点で赤信号で止まると、右側の角に赤色ランプが回っているパトカーがいて、救急隊も来ていた。「あっ事故だ」と思った。




男の人がタンカーに横たわったまま顔には布が被せられていた。外傷はなさそうだったが、全く動かない。心配だ。

受付を済ませ、現場を通ると、場所を移しての現場検証が行われていた。どうやら、バイクと軽トラックの事故のようだ。




どちらも年配の方のようであった。他人事とは思えない。気を付けなければと思いつつ現場を去ったのだが、別な意味で私が今、気を付けなければならないことがある。

ボケの始まりは、9月下旬のことだ。商工会議所での会議である。前日会議所から、「貝川さん、明日の会議は大丈夫ですね?」とTELがかかってきた。「ああ、2時からでしたね。息子が行きます。」と翌日息子に行かせた。

息子から
「お父さん、会議所の何階の部屋であるの?誰も来てないよ。」と、

「会議所の人に聞けば。」と、
すると、本渡の天草商工会議所であっているとのことだった。

私の勘違いだった。「すぐ迎えに行く。」

「いいよ歩いて帰る。」

詫びる心の浪花節「こんなオレを親に持った子供が、不憫でならねぇー。」

それからというもの、失態の連続である。

ボタンの穴を1つ掛け違えたり、トイレで用を足そうと入ったが、なかなか出てこない。パンツが前後だ。

碁会所の寺銭が百円であるが、「アレッ、だれか50円を出している。」

夜、明るい駐車場から道路に出る時、ライトはつけないままで飛び出したり、あわや惨事になるところだった。

そして今日、銀行に嫁をやって解約手続きや送金を頼んだ。そしたら、「通帳印を持ってきてください」と言われ戻ってきた。

「えー印鑑はバッグの中に入れてたはず。」

「私がバッグの中を見たときは入ってなかったよ。」と、じゃあ銀行で落としているかもしれない。

「私は、もう一度銀行に行ってくる。あんたは銀行にTELしとって。」すぐに銀行にTELをした。

「今のところは落ちてもないし、届け出もされていない。」とのことだった。

「あれをなくすと大変なことになるのだがなー。落ちてたらだれか届けてくれないかなー」と頭を抱え項垂れて座っていいる足元見たら、黒い袋が落ちている。「あっ、あったぁー」すぐ嫁にTELをしお互い安堵したのだが、原因はバッグのファスナーをしめていなかったようだ。

あれだけ緻密で用心深い男と言われていたケンちゃんが、やっている事がちぐはぐだ。歳のせいにはしたくないが、本当に気を付けなければいけないと思っている。

もちろん今夜は、「針の筵」であった。  


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2018年10月08日

親友の誕生日を質素に祝う

9月末から今月の初めにかけて大型台風24号、25号と、続けて日本列島に襲い掛かった。関西空港の冠水やその橋桁にタンカーが流されて追突し通行不可にしたのは記憶に新しい出来事である。

その事があったからであろうか、久玉湾の沖合いに貨物船が1隻碇を下ろしていた。台風の時、大型船舶は岸壁に避難せず沖に碇をおろしてやり過ごすそうだ。

台風前と後の写真である。





天草はそれほど被害もなく良かったと思っている。又、台風が来て楽しいこともある。それは天空の碁会所だ。台風の前後は絶好の碁打ち日和と皆さん集まってこられる。ストレス解消にはもってこいの場所だ。





台風24号が過ぎた後、念願の屋根と雨戸井の修理をしてもらった。



台所の水流し台も一式取り換えた。この流し台は37年間使っていた。





気にはなっていたのだが、前の女の子が「ボロッチィー」と言ったので踏ん切りがついた。

10万円くらいはするだろうと思っていたら、その1/3で済んだ。「わぁーもっと早く変えればよかったぁー」そこへ弟の方もやってきた。「おじちゃん」と、今が一番かわいい時である。




10月1日、かわいいという言葉とは無縁の友人の誕生日だった。二人で「ちゅうぼう隆」を一間貸し切り、祝杯を挙げた。




人生百年、その3/4を生きられた。今も現役で仕事をしておられるところが立派だ。

それに比べ、私は意志薄弱で虚弱体質の役立たずである。

喜寿まであと2年頑張ってもらうか。  


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2018年10月06日

牛深東小学校体験学習

9月28日牛深東小学校の3年生15名が当店に体験学習に来た。

近年恒例になっているようである。牛深には多くの蒲鉾があるのに、選んでいただいて光栄の至りだ。

工場に来てまず子供たちがびっくりするのは、切断機の音である。




ガッタン、ガッタンとリズムよく大きな音とともに蒲鉾がベルトの上で切れていく。その作業風景を見た後で質疑応答に入る。






10種類の商品があることと、1日の生産量は4000本ですと言ったら、みんなびっくりしていた。その後、蒲鉾をつくる体験に入ったが、切断機が怖くて近寄れないという子もいた。




まず蒲鉾に触る体験をし、そのあとチーズ入り蒲鉾の作り方の実習に入った。まず工場長の充君が作り方のお手本を見せた。これが難しいのよねー。







みんな初めての生蒲鉾に悪戦苦闘したが、慣れてきたら笑顔になっていた。自分の作った蒲鉾に数字を入れて完成だ。ではプロの作っているところも見ましょうと言って作る作業を見せた。そのスピードに皆目を見張った。

その日の午後みんなが作ったオリジナルチーズ入りくんせい蒲鉾を小学校に届けた。数日後、3年生の皆さんの御礼の感想文が届いた。





私の朝5時~午後5時までの労働時間、蒲鉾の種類の多さ、機械の多さ1日の生産量、そして作業の早さなど、それぞれ見て感じたことが書かれていた。その中に当店が有名なってほしいという励まし言葉もあった。

来年でこの道50年になりますが皆さんのこういう励ましの言葉に私は支えられ、今日まで至ったかもしれない。

この子たちが大人になって、県内県外に出ていかれ自分の故郷に日本のどこにもないくんせい蒲鉾があることをまたその蒲鉾を自分は作ったことがあるということを他県の人に胸張って自慢できる蒲鉾店であり続けなければならない。もう一言、「この道一筋50年」ここまでこれたのはひとえに私が健康だったからである。
  


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2018年09月16日

秋風吹く五丈原

暦の上では、秋だが、まだまだ日中は残暑が厳しい日々が続いている。

北海道地震の2日前、家のエアコンが壊れた。

修理できればと願って電気屋さんに頼んだ。基盤を取り寄せるために2日、それでもだめで、もう片方の基盤を取りに行き、3日目、それでも動かない。「コンプレッサーがやられている。これは新しいのに換えなければ駄目だ。」と、すぐに発注したが、取り付けるまでに3日、計6日間、団扇と扇風機で過ごさなければならなかった。熱中症が頭がよぎる。しかし北海道で地震に遭われた方々のことを思うと、そう贅沢は言えない。

そんな中、我が家に栗が届いた。



高校時代の恩師からであった。「もう今年が最後かもしれない」と言われてもう3年目、毎年送っていただいている。有難いことだ。

近所や従業員さんたちにも、旬のものだから少しずつお裾分けしてやった。残りは渋皮煮や栗ご飯にして思う存分栗を堪能した。





美味しいー!だが幸せは長く続かない。

現実に目をやると、8月に工場のエアコンと、給湯器が壊れ、今度は団地のエアコン。工場の軒先と雨戸井の修理、冷蔵庫の室外機の交換、消費税の中間納税等々、まさに四面楚歌。

世の中は俺が打ち出の小槌でも持っているとでも思っているのだろうか。秋風吹く五丈原、このまま朽ち果てるのか。

そんな時、朗報が舞い込む。高島屋の熊本おせちの3選とKAB元気フェスタのオファーだ。




まだまだ天は我を見捨ててはおられぬようだ。心から感謝申し上げる。

一歩ずつ前進して血路を開く以外はない。  


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2018年09月03日

全国の主婦連に告ぐ

斉藤哲夫に「されど私の人生は」という歌がある。

吉田拓郎もカバーした曲だ。その一説が頭から離れない。

♪長く暑い一日が終わり、振り返える時はすべて灰色に、心の中は荒れ果て尽きて、先を見ることさえ苦しみ覚える♪と。

「私たちは、火を使う仕事であるので、仕事の時は熱いのは当たり前だ。毎日ではないので我慢できる。」と従業員の一人に労をねぎらって言ったつもりだったが、「私たち主婦はどんなに熱くても、朝夕の食事の支度を毎日しなければならない。男にはわからないでしょうこの熱さは。」と、





毎日夕方に帰宅し、御膳の前に座り、食べるだけに準備してある。それが当たり前だと「のほほーん」としてきた小欄だが、その一言に打ちのめされた。確かに正論である。

ここに野郎どもを代表して言わせてもらう。

「全国のご主婦の方々、このくそ熱い中、毎日の食事の支度、本当にご苦労様でございます。心より感謝申し上げます。アリガトォーウ。」

小欄も明日から悔い改めしないと。

歌は続く、♪されど私の人生はーされど私の人生はー♪  


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2018年08月30日

足がつることは、首を吊るよりも痛い

8月26日、父の25回忌、母の17回忌、叔母の17回忌を従兄と合同で行うことになった。

本当は昨年だったが、私がうっかりしていて、12月末の祥月命日にお参りに来られた時、ご住職から教えてもらった。「あー、やんぬるかな」

今年に入って、法事のタイミングを考えていたが、母の妹のおばさんも1年違いで亡くなったのを思い出した。

長島町にいる従兄に連絡したら、それはいい、一緒にやろうということになった。










法事と言ったら、昔から親戚中が集まり、精進料理を手分けして作ったり、配ったり、近所の人も接待したりして、亡くなった人を供養するとともに、親戚の横のつながりを、確認するのが法事だった。

今は親戚も少なくなり、近所の人もいなくなった。若い世代の人たちは、法事すらしなところも増えてきている。

次回33回忌まで、7年、このメンバーが1人も欠けることなく、お参りに来て下さることを願おう。少し肩の荷が下りた

この頃夜中に足がつる時がある。熟睡中でもその痛さですぐ目が覚める。

今年亡くなった歌丸さんが、高座の枕に、「私はよく夜中に足がつります。足がつることは、首を吊ることよりも痛いですなぁー」

さらに、「このことは世間の人には絶対言わないでください」と。

亡くなってすぐ特番で、全国放送された。さすが噺家、亡くなってからも笑わせてくれる。
  


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2018年08月22日

台風一過とやぶ医者

この近年天変地異が続いている。

雨にも負けず、風にも負けず、そして夏の暑さにも負けずと、宮沢賢治は言っているが、私はそれほど強くない人間だと自分でも十分わかっている。

日陰育ちの身には、自分の身を守ることで精一杯だ。

台風前夜の光景を見ていただこう。空が独特な茜色に染まっている。




ムンクの「叫び」のような空色だ。

そこになんと、偶然にも虹がかかった。




「きれいだ」台風が「ちょっくら通らせてもらうよ」とあいさつ代わりのプレゼントかもしれない。プレゼントはいらない、来ないでほしい。

そして今日牛深港は船がいっぱい係留されていた。



中国の古いことわざにあるね「備われば憂いなし」と、昼ごろから風も出てきて海も白波立ってきたが、幸いにもそよ風程度で済んだようだ。





ブログを休んでいる間、世の中はいろいろな不祥事が起きている。アメフトの監督、ボクシングの会長、アジア大会のバスケット選手の不祥事など。中でも東京医科大の入試の合否問題は日頃温厚な私でも腹が立つ。合格しているのに、女子だから不合格にする。この男子は不合格だが、裏金をもらているから合格させる。あってはならないことだ。

不合格にさせられ人の人生を弄んではいけない。大学側は早く救済措置を取るべきだと思う。


江戸の小噺をひとつ。ヤブで有名な医者のところで働いている下男が粗相をしでかした。

怒った医者は、こぶしで殴ろうとす。すると下男が、「どうか足で蹴ってくだせえ」と哀願する。「なぜだ!」

「お前さまの手にかかって助かった者はいねぇー」  


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2018年08月10日

決戦グランメッセ商談会

一昨日、東京商工会議所と熊本商工会議所の共同企画で、グランメッセ商談会に参加した。

6月8日に参加業者の説明会が熊本商工会議所で行われ、冊子も出来上がった。









牛深からは、当店を含め、4業者が商談会に臨んだ。東京から48社が来て下さった。

12時40分~1時40分まで展示試食会が開かれ、




その後商談会が始まった。当店も6社との商談に臨んだ。

会場は冷房は効いていたが、熱気でムンムンしていた。そこに小欄でおなじみの中島夫妻が来られた。「アーッ、ようこの会場へ入られたですね。」と言ったら、「貝川さんの名前を言って、入場者証をもらって来たと」見てみるとちゃっかり首にかけているではないか。やるなこのおばさん!

実はこの人、一級建築技士の免許を持ち、建設会社に勤め、県庁などの建設にも携わり、間組、大林組などにも人脈があったという益荒女だ。

少し小話をしたが、その間、バイヤーが来られるんじゃないかとひやひやして話を聞いていた。「ちょっと他を見てくるね」と言ってご主人を置いて、会場を一回りに行かれた。




首にタオルを巻き、モンペみたいなズボンをはいているので、みんなこの人はどこのバイヤーだろうかと思いながらも対応していたみたいだった。

見識は高く、弁説が立つので試食を勧めたり、商品を持たせるところもあったようだ。ご主人曰く「あいつ、またやってる。」

それはさておき、本題に戻ろう。

4社とは少し手応えを感じたが、2社は微妙だった。




ただ、皆さん、くんせい蒲鉾を誰も知っておられず、初めて食べたというバイヤーが多かった。好評だった。いろいろとアドバイスもあり、私も息子もいい勉強になった。

暑気払いのいい風よ、吹け!  


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2018年08月02日

私の健康法

うだるような日々が続いている。日影育ちの身には堪える。

毎年の事だから対策は自分なりに考えている。まず仕事が終わると、長靴と靴下を脱ぎ、雪駄に履き替える。



足先が暑さから開放され、スーッとする。

この雪駄は、自分で買ったものではなく、30年前三地区大会(牛深、長島、阿久根)の囲碁の部でBクラス優勝の景品にもらったものであった。ハナ尾がハブの皮で出来ていて、いかにもその筋の人の履物のようであったので、しばらく履かなかった。

50歳過ぎてから、工場内だけならいいだろうと思って履きだした。すると、雪駄に「西郷どん」と書いてある。



当時はどんくさいと思っていたが、NHKの大河ドラマ「西郷どん」にハマり、毎週見ている。今になってみると、希少価値がありそうな代物である。

もう一つの対策は「ゴーヤ」を食べることだ。我が家は、夏場には「ラッキョ」を買ったり、漬けたりして食べるのを常としている。それを食べきってしまうと、今度はゴーヤを塩もみして残ったラッキョ酢に漬け込んで毎日食べている。






苦みもなくうまい。食欲増進剤である。しかも2kgも痩せたから、嬉しいじゃないか。夏バテ防止にはこれが一番と思っている。





「健康だったら命もいらない」

今年はトウモロコシとゴーヤを堪能しているが、ゴーヤばかり食べていると、ドラゴンボールのピッコロみたいに顔が緑になるんじゃないかと不安にもなる。その後、トウモロコシを食べると黄緑になるかも。

アニメの話で思い出したが、「日本昔話」でおなじみの、俳優、常田富士男さんの訃報を聞く。
長野県生まれで、小学3年の時、熊本県に移住。済々黌高の定時制を経て、上京。俳優になった人である。彼を有名にしたのは、アニメ「日本昔話」で声優として、市原悦子さんと共に「独特な喋り方」でお茶の間を盛り上げていた。

彼を偲んで「日本昔話」のテーマソングを口ずさんでみるか。「ゴーヤよい子だねん寝しなー」
  


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2018年07月24日

鬼百合と囲碁熱中症候群

7月の上旬、路木の街道沿いを走ると、斜面にオレンジ色の花が群生していた。



車から降りてみると、鬼百合ではないか。この花を見ると夏の始まりを感じる。

学生時代、鬼子という友達がいた。その名残だろうか、白百合より、鬼百合の方が好きである。

週1~2回、河浦の天空の碁会所に通う。ここは冷房もきいて別天地だ。しかも寺銭は1日百円!とは嬉しい限りだ。

昨日は、月例会だったが、仕事の関係上、少し遅れて参加した。会場に入ってみると、あちらこちらの潜伏碁打ちが集まってきている。冷房は効いているが、盤面の熱気が伝わってくる。




遅れて行った分4局しか打てなかったが、3勝1敗で3位に入った。勝っても負けても碁は面白い。賢者の遊びといってもいいだろう。だが、日々の鍛錬も怠らない。先週末、友人から正光寺のご住職が来ておられるので仕事が終わったら出てこないかというTELが入った。行ってみるとエアコンが故障で扇風機が回っていた。外は「せどわ」風で涼しかったが、中は暑かった。住職がおられると、一種の行をおこなっているよにも見える。




毎日自由にさせてもらっている分、嫁には頭が上がらない。家では借りてきた猫のようにしている。

小噺を1つ。

天国の門の前に2つの看板が立ててある。1つの方には「生きている間一生嫁に頭が上がらないかった者はここに並ぶように」ともう1つの方には、「一生亭主関白で過ごした者はこちらに」と書いてある。

嫁に頭が上がらなかった者の方には、最後尾が見えないくらい長蛇の列であった。もう1つの方には、なぜか1人男しかたっていなかった。これを見た天国番人、聖ペテロが、「ほほう」と思い、その男の所に行って尋ねた。

「あなたは生きている間、亭主関白で過ごされたのですね。」と、すると男は答えた。

「いえねー、天国に行ったら、こちらの方に並ぶようにと、嫁に言われたものですから。」  


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2018年07月07日

牛深おこそう会とマツボックリ

7月1日、芝生広場で、「牛深おこそう会」の声掛けで、様々なイベントが行われた。グランドゴルフ、ミニバレー大会、ウォーキングなどは、別な会場で行われた。台風前で、風が強く、気温も高かった。

競技の参加者には、300円券が支給された。その券は、芝生広場のみ使用可能である。






芝生広場でもパットゴルフやスイカ割り、緋扇貝釣りなどで、賑わった。特に緋扇貝釣りは面白かった。1回100円2分間の持ち時間で釣らないといけない。これがなかなか釣れないのよね。その後の方でニヤニヤして赤シャツを着た山師のようなオッサンが見ている。彼こそがこの大会の発案者だ。







行政に頼らず、自分たちだけでやる。助成金もなしという、その心意気は良しとしよう。我々ハイヤ産直隊にもオファーがかかった。全体として、15,16の業者が出店したようだ。

彼には人を集めたり、仲間を作ったりとか才能に長けているところがある。私たちのハイヤ産直隊も彼の呼びかけで4人からスタートした。発想力、行動力、カリスマ性など、我々凡人が及ぶものではない。キバレ牛深の西郷どん!

その2日後、台風が九州北部を直撃した。天草も大変ひどかった。草木も波打ち、会場も暴風雨で大荒れで白波が立っていた。





そんな中、友人からトウモロコシが送ってきた。この近年、この季節になると、送ってもらっている。ありがたいことである。早速その晩の食卓にのぼった。



湯がいたトウモロコシはいつも食べている。今日はトウモロコシに塩を少々かけて、油で揚げたものが出てきた。見た目マツボックリみたいだ!






おもむろに口にほうばる。トウモロコシの甘さと塩加減が絶妙のコンビだ。大変美味しい。酒の肴には最高だ。

酒は伊佐錦の黒で合わせる。うまか、もうこれ以上言うことはないんじゃないですか。

今夜はこのくらいでよかどかい。  


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2018年06月29日

事件?

近頃は物騒な世の中になった。

警官のピストルを奪って一般人を殺したり、新幹線の中でナイフで刺したり。ためらいもせずに人を殺す事件が後を絶たない。

そんな中、一昨日、工場の前に2台の車が道路中央に止まっていた。1台の車の上に赤色ランプが回っていた。何があったんだろうと近づいていくと、子供が四,五人、私服刑事みたいな人に事情を聞かれていた。その中の小学生1人に私も聞いてみた。




話はこうだ。小学生の女の子が下校時、ヤマト運輸近くの歩道を帰宅途中、知らないおじさんに声をかけられたそうだ。それに気が付いた男子小学生が警察に通報したらしい。白色の車で年寄りマークがついていたとのことだった。

新潟で線路に置かれた女の子の記憶はまだ新しく残っている。牛深でもこういう事件が起きるとは、子供を持つ親御さんも大変心配だろう。



6月25日、ハイヤ産直隊の会議があった。場所は「チロリン村」だ。この日は会議を兼ねて昨年「あかね市」のイベント中に倒れられ、ドクターヘリで運ばれた霜村さんの快気祝いをしようということで、集まった。





まだ口元には障害が残っているものの聞く分には、全く問題はなさそうであった。6ヶ月間のリハビリを受け、困難を克服して、あの伝説の男が帰ってきた。皆、拍手喝采だった。それ以上に奥さんの内助の功も忘れてはならない。私たちも日に日に年を取っていく。もって「他山の石」とすべし。

追伸
この日は、中村もち屋の奥さんの誕生日でもあった。先に帰られていたので、仲間に「中村さんは今日は何で来られたの」と聞いたら、自分の車で来らしたんじゃないかなぁーと。
あ、そう。私は、誕生日なのでバースデー来られたかと思った。  


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2018年06月17日

渕上雅代ディナーショー

5月中旬頃、望洋閣から一通のゆうメールが届いた。

内容は、天草の崎津集落が世界遺産にほぼ登録されるだろうとのことだった。そこで、天草西海岸サンセット協議会として、世界遺産登録祈願!「渕上雅代ディナーショー」を開催することになった。

平成26年1月、サンセット協会では、渕上雅代さんの天草は幸せが光る島の新曲発表会を開催し、「世界遺産登録推進応援歌」としたそうだ。




6月24日~7月4日、中東バーレーンで開かれる会合で正式決定する見込みという。その登録前に観光産業の関係者が世界文化遺産登録を祈願し、さらに地域の気運を盛り上げるため、渕上雅代ディナーショーを望洋閣で開催される運びとなったそうだ。そこで我々納品業者にもチケットの協賛となった。

6月16日、午後6時からディナーが始まった。

まずは前菜から、




テーブルには赤、白のワインが各一杯ずつ置かれていた。ワイングラスを持ち乾杯の音頭で会食。次にヒラメのムース、伊勢海老が出てきた。




焼酎、ビールはいつでも飲めるので、私は白ワインを飲んだ。いつもまずは刺身であるが、ないものは仕方がない。

こういうディナーの時は次から次と料理が運ばれてくるので、さっさと食べなければいけない。味を堪能する暇がない。

メインディッシュが出てきた。



その後はデザート、コーヒーも出てきたが写真には撮らなかった。というのは、デザートで苦い思い出がある。

取引先の社長夫妻にフランス料理のフルコースをごちそうになった。最後にアイスクリームのデザートが出てきた。みんな美味しく食べたが、熊本の帰り、日頃食べたことのない料理とデザートで腹がびっくりしたのだろう。車を止めてみんな吐いてしまった経験がある。

会場はこの通り150枚のチケットは完売したそうである。



さぁー午後7時になった。渕上雅代ショーの始まりです。







間近で見るのも、歌を聴くのも初めて。歌もうまいが、トークもうまい。さすがプロである。せっかくのショーだったが、肝心のカメラを忘れた。仕方なし、ケータイで撮ったが、照明があまりにも明るすぎてうまく写っていない。

最後に望洋閣の若女将さんからの花束贈呈で終幕であった。帰り際ツーショットに気さくに応じていただき大変うれしかった。





これだけ盛り上がって遺産に登録できなかったらシャレにもならない。

この日は一泊することになった。

朝、朝食会場に行くと、バイキングが用意されていた。






すると当店のくんせい、イカスミ、柚子胡椒の蒲鉾が説明書きと共に盛ってあったが、ほぼさらに残っていなかった。でもここの朝食はうまい!ぜひお試しの価値あり。  


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2018年06月03日

社会復帰への一杯

先日友人に工場の周りの雑草を刈ってもらった。






おかげで、大変すっきりした。雑草刈ったら、クチナシの花が咲いていた。クチナシもホッとしたことだろう。




お礼にと思って夕方、海彩館に行くことにした。お客さんはテーブルの方には誰もいなかった。

「貸し切りか」それも悪くないと思っていつもの刺身小盛り合せをオーダーした。ここの刺身は値段も割にはボリュームもあって大変美味しい。





しばらくすると蔵之元フェリーが入ってきた。静かでゆったりとした時間が流れていく。




昼間の労をねぎらって、まずは一献頂いてもらった。彼と飲むのは2ヶ月ぶりである。私もおそるおそる島美人のロックをいただいた。なんせ病み上がりだから、少しずつ飲まなければと自分に言い聞かせた。

次にエビフライを頼んだ。これもまたボリューム満点のエビフライである。友人もこれが気に入っている。二人共歳のせいだろうか、これで腹いっぱいになってお開きになった。海彩館に行かれる機会があったら是非お試しあれ。





事情通の話
何が病み上がりだ、飲む気満々じゃないか、この男の酒は一生治らん!  


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